第39話 もっと知りたいですわ

 教会の慈善事業に、軍が一枚噛むという形で、ネーヴェの望み通り臨時の巡礼船の航行が決まった。大きな船を確保できたので、ヴェルナの避難民や、港街で巡礼のため待機している旅人の応募をつのり、一緒に乗せていくことになった。

 こうして用意が整った数日後、ネーヴェたちは船に乗って港を出航した。


「船に乗るのは、はじめてですわ!」

 

 波を蹴立てて進む船の舳先へさきを、ネーヴェは身を乗り出すようにして観察する。陽光に輝く紺碧の海と、白い泡を吹き出す波、潮を含んだ強い風が、ネーヴェの胸を高鳴らせる。


「こら、はしゃぎすぎるな」


 シエロがさりげなくネーヴェを引き戻した。

 ここでは女王の威厳を保つ必要がないので、ネーヴェは童心に返って旅を楽しんでいる。


「あら、何か黒い大きな魚が、船と一緒に泳いでいますわ!」

「イルカだな」

「魚に混じって、人が泳いでいるような。待って、下半身が魚? 上半身が人?」

「海の妖精だ。あんまりジロジロ見るな。悪戯されるぞ」

 

 目をふさごうとされて、ネーヴェは「つまらないですわ」と形ばかりの抵抗をした。


「……楽しそうですね。酔い止めの薬は、不要でしょうか」

 

 二人でふざけあっていると、シエロの従者テオが甲板に上がってきた。


「護衛騎士の皆さんは、酔い止めが必要みたいですが……ネル様もシエロ様も船に乗ることは少ないでしょうに、元気そうですね」

 

 心配する必要がなかったです、とテオ。

 ネーヴェは、従者の言葉に疑問を覚えた。


「私はともかく、シエロ様もですか。あ、天使様は飛んでいくのですね」

「そうです。ちなみに天使様は、長時間、飛行する場合に鳥の姿に変身されます。人の姿より、飛びやすいのだとか」

 

 ここでテオが天使の豆知識を披露してくれた。


「鳥は天使様の遣いという話ですが、実際は天使様が変身していたりする訳です」

「そうなのですね」

「ちなみに、シエロ様は鷹に変身されます」


 おそらくネーヴェのために、テオは天使の従者しか知らない情報を明かしてくれる。

 鷹か。凛々しいシエロに似合っている鳥だ。


「鳥の姿で休まれることもあるため、天使様は樹上で寝ることに慣れておられます」

「テオ!」

「将来、一緒に暮らされるなら、秘密にする意味がないのではと思い」


 裏事情を明かされてシエロは焦っているが、テオは飄々とそれをかわした。

 

「ネル様が夜、シエロ様を探されている姿を拝見して、胸が痛んでいたのですよ」

「くっ……」

 

 陰から二人を見守っているテオの言葉に、反論できなかったのか、シエロは苦い顔をした。


「ナイスですわ、テオ様。もっとシエロ様のことを教えて下さいな。苦手な食べ物や好きな色まで何でも知りたいですわ」

「おいネーヴェ」

「承知しました、なるべくネル様に情報を提供するようにいたします」


 従者に売られて主のシエロは憮然とした面持ちだ。その困った顔を見るのが楽しい。これが恋愛なのだろうか。

 王子の婚約者だった頃からまともに恋愛したことのないネーヴェは、シエロ相手に感じる初めての気持ちに浮足立っていた。

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