第40話 予期せぬ出迎え

 目印のない海で、目的地まで真っ直ぐ進むのは至難のわざだ。

 巡礼船は、神海に詳しい案内人を乗せる必要があり、船の有無よりも案内人の有無が重要だった。案内人がいなければ運航できないので、船があったって仕方ないのだ。

 しかし、今回はテオが案内人として乗船するため、船と案内人、両方がそろっていた。


「そろそろ神海です。伝説の島ミスタリアは、ある程度、接近しないと見えないよう天使様の魔法が掛かっています。いきなり島が現れるので、びっくりしないでください」


 出航して二日め。早くも神海に接近しているようで、海の色が淡くなってきた。空も通常より明るい。

 花の香りがする冷たい風が、ふとネーヴェの頬をかすめた。テオの言う通り、目的地は近いようだ。

 ネーヴェは身震いし、隣にやってきたシエロに話しかけた。


「リエル様以外の天使様には、例の件は秘密なのですよね」


 例の件とは、豊穣神の復活計画のことだ。

 以前シエロは、誰にも明かさないで欲しいと言い、豊穣神復活計画について教えてくれた。

 天使たちは、神々に代わり地上を治めている都合上、古代神に復活されると困るらしい。だからシエロは、自分の野望を隠して行動している。


「ああ、そうだ。太陽神の遺産の件は、フォレスタの葡萄栽培のために使うと説明する。お前が戴冠した事件で、農業に打撃を受けていたから満更嘘でもない」

 

 太陽神の遺産は、豊穣神が宿る予定の木を育てるために使うのだが、豊穣神復活計画は秘密なので、聞かれたら別の説明をしなければならない。


「俺は上層に昇っても文句を言われない立場だから、深く突っ込んで来るとしたら、宝座の天使だけだ」

「宝座の天使は、どんな方ですの?」

「天使で一番年寄りだが、一番子供っぽい」


 天使様は、実年齢と精神年齢が比例しないらしい。

 最高位の宝座の天使と親しく話す機会は、万一にも訪れないだろうが、ネーヴェは気を付けようとシエロの言葉を心に刻んだ。


「ミスタリアに着いたら、すぐ上層に昇る。用事が済んだらフォレスタに転移で帰るから……あと数日以内に旅は終わるな」


 楽しかった旅が、あと数日で終わってしまう。

 もう少し海を旅したかったと、ネーヴェは残念に思った。


「そういえば……シエロ様、旅の終わりにお話があると仰っていましたね」

 

 ふと、以前にシエロが真剣な顔で、何か言いかけていた事を思い出した。


「フォレスタに帰ってしまったら、忙しくて話どころでは、ありませんわよ」


 旅の間は、二人でいる機会が多かったが、国に帰って女王と天使という立場に戻ると、そうはいかない。

 話すなら、今のうちだと、ネーヴェはシエロをおどす。


「そうだな……」

 

 何故かシエロは気の進まない様子だ。


「ここで言うのはな……」

「?」

 

 いったい何の話だろうと不思議に思っていると、甲板に出ていた他の乗客がさわぎ出した。


「見ろ! 光る鳥が!」

「あれは……白いフクロウ?」


 海上を滑るように、白い大きな鳥が、こちらを目掛けて飛んでくる。

 近付くと、それは純白のふくろうの姿をしていた。

 梟は船の上を旋回した後、帆柱マストに降りた。


「天使様、ですか?」

「ああ……なぜ出迎えに」

 

 ネーヴェはシエロを見上げたが、彼も不可解そうな顔をしている。どうやら天使が巡礼船を見に来ることは、普通ではないらしい。


『―――お前がフォレスタの新しい女王か』

「え?」

 

 頭の中で、若い男のうるわしい声が響いた。

 白い梟は真っ直ぐネーヴェを見ている。


「ネーヴェ!!」

 

 シエロが慌てて、こちらの腕を掴もうとするのが、妙にゆっくり感じられた。

 次の瞬間、ネーヴェは別の場所に転移していた。

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