第38話 船の手配は任せて下さい

 港町に着いた後、シエロは現地の教会を訪れ、ヴェルナから避難してきた人々の保護を支援するよう要請した。

 彼はフォレスタの守護天使だが、同時に天翼教会という神海沿岸地域マーレ・ノストゥルムの各国で広く勢力を持っている組織の、大司教という立場だ。いわば国際的な組織の幹部で、他国においても教会を通して絶大な権力を持っている。


「神海を渡る船を手配できるか」

 

 シエロの天恵印を見た現地教会の高位司祭は、大層へりくだった態度になる。

 天恵印とは、天翼教会の司祭や修道女が持ち歩く身分証代わりのペンダントだ。麦穂をくわえた鳥がデザインされた印には、教会関係者にしか分からない模様や文字が彫り込まれており、教会内の立ち位置が識別できるようになっている。シエロの天恵印は天使専用のもので、高位司祭であれば正体を隠した天使の訪問だと分かるらしい。


「すぐに手配したいのはやまやまなのですが、戦時中のため巡礼船は一時、運航停止しています」

 

 高位司祭は、恐縮した様子で答えた。


「どうしても必要なら、頑張って手配します!」

「いや、無理はしなくていい」

 

 天使様のためならばと張り切っている司祭に、シエロはストップをかけた。

 司祭にはヴェルナの避難民の支援を優先するよう伝え、教会を後にする。

 教会を出てから、シエロとネーヴェ、エイルとテオ、護衛騎士のフルヴィアとロドリゴの六人は、街の酒場で今後の方針を話し合うことにした。


「船はこちらで探した方がよさそうですね」

 

 ネーヴェは、シエロの様子をうかがう。

 帝国に来た時はシエロの伝手つてを頼ったが、あれは空き家を紹介してくれというだけで、実際に教会の人々の手をわずらわせてはいない。今回の巡礼船の手配は、教会の人々に仕事をさせることになる。しかも今はヴェルナから避難してきた民の受け入れで忙しい。現地教会に負担を掛けたくない。


「そうだな……」

 

 シエロは難しい顔だ。

 

「いっそのこと、船を作りましょうか。シオタの漁師の方に、船の設計図を見せてもらいましたから、作り方は分かります」

 

 無ければ作ればいい。ネーヴェは半分冗談で提案する。


「ああでも、木材がありませんね」

「俺が育ててやろうか。確か、船体に使われるのは樫の木だったな」


 シエロが冗談に乗ってくる。

 趣味の育樹に関わるとあって、彼は結構乗り気だ。

 天使の力を使えば、時間短縮して木を育てられる。

 結構、アリなのでは? ネーヴェも船を作る気になりかけたところで、従者のテオが咳払いする。


「ネル様、シエロ様。ゼロイチで作り上げるのは素晴らしいですが、船があるなら、その方が早く解決しますよ。私は神海で育ったので、基本的な船の操作はできます」


 確かに今から船を作っていたら、帰国が遅れてしまう。ネーヴェは船作りも面白そうだと思ったが、自重することにする。

 手分けして船を貸してくれる人を探そうと話し合っていた時、酒場に騒々しい一団が入ってきた。


「あ~~、疲れた! おやっさん麦酒一杯くれ!」

「俺たちまで物資の搬入を手伝わされるとは。シオタで一般人を引っ張ってくりゃ良かった」

 

 大声で話す彼らは、どうやら軍人のようだ。

 シオタ、というキーワードに、ネーヴェは顔を上げて彼らを見た。


「ネーヴェ?」

「―――私、良いことを思い付きましたわ」

 

 シエロが不思議そうに問いかけるのを、ネーヴェは微笑んで見返す。


「船の手配ができそうです」


 


 ネーヴェたちは以前に滞在していたシオタの街で、帝国の船団を率いるノニウスという貴族軍人と知り合っていた。ノニウスはシオタの街の若者を軍に徴収しようとしていたが、ネーヴェが説得して止めたのだ。

 

「お久しぶりですわね」

「その節はお世話になりました!」


 面会を申し込むとあっさり通り、恐縮しきりのノニウスが現れた。


「教えて頂いた通りの物資を積み込んで戻ったら、数年ぶりに兄上に褒められました!」

「それはようございました」

 

 ノニウスは、ネーヴェの助言通りに動いてくれたようだ。


「ところでノニウス様、お願いがあるのです」

「なんでしょう、何でも言って下さい!」


 まるで命令待ちの犬のように、ノニウスは喜んで言う。ネーヴェは、ノニウスが尻尾を振っている幻を垣間見た。


「私たちは、神海に巡礼に行きたいと考えています。空いた船があれば一隻お借りできませんか」

「もちろんです、一隻でも二隻でも、なんなら全隻でも持っていって下さい」

「一隻で良いですわ」


 軍の船なので、民間の船より頑丈かつ広い。ヴェルナの避難民で巡礼に行きたいと言っている者も、ついでに乗せる余裕がある。

 首尾よく船を確保したネーヴェは、面白そうにこちらを見ているシエロに向き直る。


「シエロ様、教会にお願いして、ノニウス様に借りた船を臨時の巡礼船とするようにしていただけますか。表向きは、帝国の軍と現地教会が協力して取り組んでいるように見せたいですわ」


 フォレスタの女王が動いたことを公にしたくないので、シエロに仲介をお願いする。

 

「分かった。任せておけ」

 

 シエロは当然だと頷く。


「これは俺の要望で始まった旅なのに、手間を掛けて済まないな」

「いいえ。私も神海は初めてなので、行ってみたくなりました」

 

 伝説の島ミスタリアで、何でも願い事を叶えてくれるという宝座の天使に出会ったら、何を願おう。

 本当は、シエロとずっと一緒にいることを願いたい。しかし、最近聞いたばかりのフレースヴェルグの話や、彼の弟天使リエルとの会話を思い出し、ネーヴェは躊躇いを覚えた。

 シエロはネーヴェに寿命を合わせると言っている。しかし、本来は永い時を生きる天使の寿命を削り、彼に救われるかもしれない沢山の国民の未来を、ネーヴェの好きという気持ちだけで奪って良いものだろうか。

 以前ネーヴェは、シエロの望みを叶えたいと、共に引退を目指すことを約束した。

 その気持ちに嘘はないのだけど、今になって少し迷っている。

 どうして好きというだけで、ただ一緒にいることが、こんなにも難しいのだろう。

 何でも願いを叶えてくれる神様がいるのなら、是非とも、この問題を解決してほしいものだ。

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