第37話 天使様の習性は不思議ですわね

 実は、前から気になっていた。

 それは、シエロがどこで寝ているか、という問題だ。

 というのも、シエロはどうやら、自分の部屋で寝ていなそうなのだ。

 今回の旅で、修道院で同居することになったが、ネーヴェは何度か彼の部屋を訪ね……夜中は留守にしていることに気付いた。それが度々重なり、シエロが寝台で寝ていないと確信するに至った。


「シエロ様は、どちらで寝ておられるのでしょう」

「さあ? テオさんならご存知かと思います」

 

 護衛の女性騎士フルヴィアも首をかしげる。

 しかし、テオはエイルの寝床を用意していることを、ネーヴェは知っていた。


「……私は先に寝ます。寝たことにしてください」

「陛下?!」

 

 静かに、と指を唇の前で立てて見せる。

 フルヴィアを説得し、一人で夜の森に入った。

 

「フクロウ様、道案内をお願いします」

 

 森のふくろうに、シエロのもとに連れていってくれと頼む。

 ほどなくして、大樹の枝に腰掛けてくつろぐ、シエロの姿を見つけてしまった。

 シエロもネーヴェを見つけて、驚いた顔になる。


「お前……?!」

「失礼しますわ」

 

 ネーヴェは、ひょいひょいと木を登って、シエロの座っている枝に近付いた。

 彼は諦めた顔をして、手を差し伸べてくれる。


「ほら。落ちるなよ」

 

 その手を握ったネーヴェは、シエロの向かいに座れるような枝がないことに気付いた。木の上なので、なにぶん安定して座るスペースがない。


「俺の膝にでも座れば良いだろう」

「!」

 

 シエロに言われ、ネーヴェは「そんな、はしたないこと」と反論しようとしたが、力強い腕に引き上げられて、文句を言う機会を逃した。

 ついでに、本当に膝の上まで引っ張り上げられてしまう。

 シエロは、正面から抱き合うのを避けたネーヴェを、後ろから抱き込んだ。


「暴れると落ちるぞ」

 

 天使様には翼があるが、人間であるネーヴェには無いので、その脅しは有効だ。

 かつてない至近距離で、シエロを感じて、ネーヴェは固まった。

 彼の吐息が、頬をくすぐる。

 白い翼が、包み込むように降りてきて、夜風をさえぎった。

 背中に彼の胸板があたって、体温が染み入ってくる。


「眠れなかったのか?」

 

 耳元に、優しい美声。

 キスもした仲だというのに、今さらながら、この体勢は慣れないとネーヴェは身悶みもだえた。


「どうした?」

「察してください!」

 

 無茶苦茶な文句を付けると、シエロはくっくと喉で笑った。

 不安定な木の上で、男の手に体を預けている。これがシエロ以外の相手なら安心できないだろう。


「シエロ様は、いつも木の上で寝ているのですか?」

「……まさか」

 

 気になっていることを問い掛けると、シエロは明後日あさってを向いて答えた。図星のようだ。

 やはり天使様も鳥類なのでは?

 ネーヴェがそう考えていると、後ろでシエロが身動きした。


「眠れなかったのでなければ、何か俺に用事があったか」

「……エイル様から相談がありまして」


 どこで寝ているか知りたくて探しに来たのだが、シエロが深く突っ込んでほしくなさそうなので、別の話をする。


「フォレスタで、エイルとフレースヴェルグを受け入れることは可能だ。どうせ反対しても、テオが連れてくる」

 

 先程のエイルの相談の話をすると、シエロはあっさり許可した。


「テオ様が……気になっていたのですが、テオ様は、エイル様の」

「息子だ。フレースヴェルグの子供だな」

 

 やっぱり、そうか。

 エイルと妙に親しいのが、ずっと気になっていた。


「神海で保護されてから生まれた子供らしい。フレースヴェルグは、テオの存在を知らない」

「テオ様は天使なのですか」

「いや……ただ、両親があれだからな。完全な人間とは言えない」

 

 ネーヴェの疑問に、シエロは言葉をにごした。


「お前たちを神海に連れていくにあたり、テオの助けが必要だ。俺は天使だから飛べばミスタリアに行けるが、地上から海を渡るなら、神海生まれのテオが最適な道案内人だからな」

「そういうことだったのですね」


 いろいろ納得したネーヴェだが、肩にシエロの額が乗ったので「ひゃっ」と女王らしくない悲鳴を上げてしまった。


「……お前は、木の上で寝られないだろう」

「そうですね」

「どうして来た? 帰したくなくなるだろうが……」

 

 どうやらシエロを困らせてしまったらしい。

 ネーヴェは戸惑いながら、手を伸ばして、彼の頭をよしよしと撫でてやった。天使様は、よく頑張っている。

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