第36話 一体どこで寝ているのかしら

 その夜、ネーヴェは自分の天幕テントの周囲を人払いし、シエロと話すことにした。


「お話は、神海についてですか」

「ああ。それと、今後の予定についてだ」

 

 戦場ではネーヴェが用意した騎士服を身につけてくれたシエロだが、今はゆったりした司祭服を着ている。少し襟がよれているのは、自分で着替えているからだろう。

 シエロの従者テオは、エイルの世話で忙しいようで、シエロの世話をする余裕がないようだ。彼にはフレースヴェルグを見張るという役目もある。エイルの飼鳥ペットになったフレースヴェルグは、今はおとなしいが何か悪さをしないとも限らない。


「ミスタリアに着いて、俺の用事が済んだら、お前もお前の護衛もまとめて、フォレスタに送ってもらうつもりだ。一瞬で帰れるぞ」


 ミスタリアの天使の力で、フォレスタまで瞬間転移できるらしい。神海まで辿り着いた巡礼者に、天使がサービスしてくれるそうだ。


「それは素晴らしいですね」


 帝国からフォレスタは山登りになる。

 しんどい帰り道をショートカットできると聞き、ネーヴェは喜んだ。

 しかし、シエロの本題は帰り道の話ではないらしい。

 深海色の瞳を悪戯っぽく輝かせ、彼は提案する。


「神海に着いたら、俺と共に、上層に太陽神の遺産を取りに行かないか」

「フルヴィアたちを待たせて、ですか?」

「ああ。二人だけで、だ。順調に行けば、一日で帰れる」


 フォレスタに帰ってしまうと、二人だけになる時間はなかなか持てない。

 ネーヴェは「一緒に行きますわ」と快諾した。


「話はそれだけだ」


 用事は済んだと天幕を出ようとするシエロ。

 彼はこれまでの旅の間、二人だけになる機会があっても、けして一線を越えようとしなかった。天使としての制約があるにしろ、律儀で真面目な男だと毎回ネーヴェは思う。

 呼び止めたかったが、うまい引き止め方を思い付かず、そのまま行かせてしまった。


「ネーヴェ様」


 シエロを見送った直後、入れ替わるように、エイルが訪れた。肩には烏のフレースヴェルグを乗せ、従者テオが護衛のように傍に控えている。


「少し、相談したいことがあるのです……」

「お声がけ頂いて嬉しいですわ。エイル様には、いろいろ教えて頂きたいことがあります」

 

 内密の話だと察し、ネーヴェは引き続き人払いをし、彼女を天幕に招き入れた。


「エイル様は、神海に飛んで帰らないんですの?」

「今はフレースヴェルグ様と一緒なので、入れてもらえないかもしれません。最初に私が神海に入った時も、首座天使ジブリール様が保護して下さりました。私一人では、ミスタリアに上陸できなかったでしょう」

 

 魔物であるフレースヴェルグと、その番であるエイルは、通常であれば神聖な島ミスタリアに入れない。

 つまり、今回はシエロの手助けが必要ということだ。

 

「エイル、話はそれだけではないでしょう」

 

 従者テオが口を挟む。

 エイルが「ご迷惑をお掛けする訳には」と遠慮がちなのを押し切るように、テオは「女王陛下にお願いがあります」と言う。


「魔物であるフレースヴェルグと共にいる以上、今までと同じようにミスタリアに住むことはできません。この先、行く場所が決まるまで、エイルとフレースヴェルグをフォレスタで受け入れて頂きたいのです」

 

 なるほど、ご迷惑をお掛けするとエイルが恐縮する訳だ。

 しかしネーヴェは、先の戦いでエイルとフレースヴェルグの関係に口出ししてしまったので、後の面倒を見るのも仕方ないと思った。


「シエロ様とも相談しますが、エイル様の受け入れには何も支障ありませんわ。どうぞフォレスタにいらしてください」

「ご面倒をお掛けします」


 エイルとテオは揃って頭を下げる。

 夜分に失礼しましたと、彼女たちは天幕から出ようとした。

 その時、エイルの肩でずっと大人しくしていたからすの姿のフレースヴェルグが『夜といえば』と話し始めた。


『フォレスタの守護天使と寝ていないのですか』

「フレースヴェルグ様! 女王陛下に失礼ですよ!」


 すかさずエイルが怒った。

 余計なお世話だとネーヴェも思ったが、続くフレースヴェルグの言葉は無視できなかった。


『恋人を一人にして、あの男はどこで寝ているのでしょうね』

 

 そういえば……シエロは一体どこで寝ているのだろう。

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