願いが叶う島

第35話 願い事は何ですか

 神海……それは、帝国を取り巻く広大な海の一部、伝説の島ミスタリアがあるという一帯の海域を指している。

 ミスタリアは、神の住まう島で、願いが叶う島だと言われている。

 巡礼者は、ミスタリア諸島の入り口への上陸のみ許されている。そこで、白銀のふくろうに出会うことができれば、どんな願い事でも一つだけ叶えてもらえるという。

 白銀のふくろうは、天使の変身した姿だ。最高位の宝座天使は人間の前に姿を見せず、梟に身をやつして現れる。


「フルヴィア、あなたなら、何を願いますか」

 

 女性の近衛騎士であり、侍女に扮してここまで付いてきてくれたフルヴィアに聞いてみた。

 彼女は貴族令嬢だが剣術が好きな変わり者で、女王が就任したことにより急遽、近衛に抜擢された。ストレス発散のため鳥を吸う趣味があるのは、ネーヴェしか知らない女子同士の秘密だ。


「私は、筋肉ですね」

「筋肉?」

 

 フルヴィアの回答が、大好きな鳥関連でなかったことに、ネーヴェは驚く。


「筋肉を付けて、男どもを薙ぎ倒したいです!」

「そうよね。どうして女性は筋肉が付きにくいのかしら」

 

 護身のため弓技など武術を嗜むネーヴェは、かなりフルヴィアに共感してしまった。


「陛下なら何を願われますか?」

 

 フルヴィアに聞かれ、少し考えた。


「……私も筋肉にしようかしら」

 

 叶えたい願いは、自分で叶える派だ。

 願うとしたら自分ではどうしようもない事だけだが、それにしても思い付かないので、フルヴィアと同じにした。

 

「冗談でも止めてくれ」

 

 話を聞いていたシエロが、苦い顔をしている。


「仮にも天翼教会の大司教である俺が連れていくんだぞ? 天使に目通りして願いを叶えてもらう機会が訪れる可能性は高い。その時に、筋肉なんぞ願ったら、面白がって本当に筋肉を付けられるぞ」

 

 今は昼間。神海に出るための港に向かっている途中で、シエロは正体を隠して天翼教会の司祭を装っている。


「フルヴィア、願い事は慎重に考えた方が良さそうですよ」

「考え直します……」 

 

 フルヴィアは反省した様子だが、本当に叶う可能性が高いと聞いて嬉しそうだ。

 フォレスタから護衛として同行した男性の騎士三人のうち、ヴェルナまで付いてきた寡黙な騎士ロドリゴも願い事を考えているようである。残り二人、ステファンとニーノは、石鹸作りの材料になる石の加工法をパオロ爺に教わってから先にフォレスタに帰るよう命令してある。本当はネーヴェ自身が聞きたかったのだが、帝国北部の戦争の方が急ぎだったので、仕方なく二人に託した。


「神海に巡礼に行かれるのですか。それなら私も同道してよいでしょうか……」

 

 恐る恐る声を掛けてきたのは、ヴェルナから来た男だ。

 戦争で家族を失った女子供や老人を、一時的に港街に避難させるため、帝国の兵士と一緒にネーヴェたちに付いてきた。


「もし叶うなら、死んだ妻に会いたいです」

 

 その言葉に、ネーヴェは願い事を軽く考えていた自分を恥じた。

 世の中には人間の力では、どうしようもない事が多くある。


「希望者は、俺の方で巡礼の手配をしよう」


 シエロは約束した。


「港に着いて船が手配できた時、乗せる余裕があればすぐ同道させる。無理なら次の便に乗せよう」

「ありがとうございます……!」

 

 天翼教会の高位司祭であるシエロの約束に、ヴェルナの男は、付し拝むように感謝した。

 仕事をする男は格好いい。

 遠い異国でも天使の役目を果たすシエロの姿を見て、ネーヴェは複雑な気分だ。


「ネーヴェ」

 

 急にこちらを向いたシエロに、見惚れていた視線がばれたのではないかと、ネーヴェはどきりとした。


「二人だけで、話がしたい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る