Side: ゼラキエル

 天使の救出を、人間に任せる訳にはいかない。

 ゼラキエルは多忙なシエロやリエルに代わり、囚われの女天使ジブリールを救出する役目を任された。

 邪竜の行動で混乱したヴェルナの街に忍び込み、人質を取られていたジブリールの周囲の罠を、こっそり解除する。


「あなたの息子じゃなくて、すみませんね」

「ふふっ……あの子たちは忙しくて、それどころではないだろう」


 事情は分かっていると、女天使ジブリールは、ころころと笑った。

 ジブリールは大小さまざまな傷を負っていたため、ゼラキエルは得意の癒しの力を発揮して、彼女が飛べるようになるまで回復させる。

 治療の間、少しジブリールと世間話をした。


あねさん、シエロ君が人間に恋してるって知ってました?」

「知っているよ。あの子から、前に手紙で相談を受けたから」

 

 ジブリールは、おかしそうに、くすくす笑う。


「へえ~、オープンだなぁ」

 

 秘密にしないんかい、とゼラキエルはここにいないシエロに、心の中だけで突っ込んだ。

 しかし、秘密にしなかった理由も察している。

 二百年少し前に、シエロは生まれ故郷である帝国を捨て、フォレスタの守護天使として独立した。その時、まったく止めずに送り出したのがジブリールだ。

 人間との恋愛は禁忌だ、国を守るために犠牲になれだの、ジブリールがそのように止めないことが分かっていたから、シエロは躊躇いなく相談できたのだろう。

 

「姉さんも、寛容だし」

 

 言いながら、本題に入りたくなくて、遠回りしている自分に気付く。

 溜め息を吐いて、ジブリールのたおやかな肩に腕を回した。

 後ろから抱擁されたジブリールは、動じた様子もなく、されるがままだ。


「ごめん……僕が竜に殺されかけてたから、来てくれたんだろ」

 

 ゼラキエルが逃げるため、ジブリールが代わりに囚われてしまった。


「我は民のために来ただけだ」

 

 ジブリールは穏やかに答えた。

 本当に人間たちのために囚われたのか、ゼラキエルを庇ったのか、老獪な女天使の声音からは判別できない。


「……最後に助けに来たから、許してやろう」

「何か言った?」

「いいや」

 

 独り言のように明後日を向いて呟いたジブリールに、ゼラキエルは深く突っ込めなくて冷や汗を流した。

 ジブリールは、遥か年上の女天使で、長く帝国の首座天使だった。近寄りがたい威厳を持つ天使で、ゼラキエルはふざけて「あねさん」と呼んでいるが、それでも彼女と親しいとは言えない。

 彼女は、いわば上司で、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 しかし、実はゼラキエルは数百年前、彼女と一夜の過ちを犯してしまっていた。

 それ以来、何かと後ろめたくて、聞けないことが山ほどある。

 例えば、僕と過ごした直後に、何年も帝国を留守にしていたのは何故? とか……

 帰ってきたら子供を連れてたけど、それ本当に海向こうの国の天使の子供? とか……

 なんで今回、わざわざ遠い北部まで、僕と竜の戦いを見に来たの? とか……

 

「北部の復興には、時間が掛かるだろうな。頼んだぞ、ゼラク」

「はいはい、頼まれました……って、もう帰るの?!」

 

 さっさと飛び立ってしまったジブリールを、情けない顔で見送った。

 これでまた、聞きたいのに聞けないことが増えた訳だ。

 次に彼女に会えるのは、何年後だろう。

 ……ちょっと、シエロと人間の恋が、羨ましくなってきた。



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【お知らせ】次章準備のため、12/5まで更新お休みします。最近たびたび更新滞っててすみません。

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実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません 空色蜻蛉 @25tonbo

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