第33話 こういう和解方法もありますわよ

 最初にシエロの作戦を聞いた時、実はネーヴェは彼の作戦に全面的に反対し、大幅に内容を書き換えていた。シエロは抵抗したが、最終的にネーヴェの要望を全て受け入れてくれた。

 こうしてネーヴェは、エイルに手紙を書いた。


 ―――エイル様。これがフレースヴェルグと話せる最後の機会だとすれば、言いたいことはないのですか? 本当に?―――


 神海にいるという彼女が、戦場まで駆けつけてくれるかどうかは、賭けだった。

 これまでフレースヴェルグを避けていた彼女が、手紙ひとつで心を変えるとは思えない。しかし、ネーヴェは可能性に賭けた。


「エイル……?」

 

 信じられないと目を見開くフレースヴェルグの前で、エイルは顔を隠していたベールを脱ぐ。

 エイルは、淡い金髪と翡翠の瞳を持つ、美しい女性だった。

 

「フレースヴェルグ様。本当に、私たちは民を犠牲にするしかなかったのですか。他に取るべき選択肢は無かったのでしょうか」

「それは……」

 

 切実な問いかけに、フレースヴェルグは顔をこわばらせる。

 その次の瞬間、流れ星に射落されたように、フレースヴェルグは地面に墜落した。


「追い付いたぞ」

 

 流れ星……白い翼を広げたシエロがフレースヴェルグを蹴落とし、フレースヴェルグの黒翼を容赦なく大地に縫い止めている。


「慈愛の巫女エイル、お前に選ばせてやろう。かつて愛した天使を、殺すか、生かすか」

 

 シエロが白銀に光る剣先を、フレースヴェルグの首筋に当てる。

 それを見てエイルは真っ青になり、両手を胸の前で握りしめた。


「やめろ! エイルにそのような残酷な選択をさせるなど、お前は本当に天使か?!」

 

 シエロに踏まれたまま、フレースヴェルグがもがいて叫ぶ。


「天使だが?」

 

 今、シエロ様は、最高に悪役モードだ。

 ネーヴェは腹黒天使様の本領発揮だな、と呆れたが、今回は自分も一枚噛んでいる。

 仕方ないと、仲裁に入った。


「エイル様、あなたの本当に望むことを教えて下さい」

「私の望むこと?」

「この男に愛想が尽きているなら、そのように。恨みがあるなら、シエロ様が晴らして下さいますわ。もしくはまだ希望をお持ちで、今からでも更正させたいなら協力します。エイル様は、どうなさりたいですか」

 

 ネーヴェは、ことりと小首をかしげてみせる。

 

「私がエイル様なら、その男をネズミか蛙にでも変えて、こちらの話を聞くまでしつけをしてやりますわ」

「えぇ?!」

「男に振り回されるのは、うんざりですから。私は、私に協力してくれる男以外、願い下げです」

 

 きっぱり言い切ると、エイルは眼を丸くした。


「ネーヴェ様はお強いですね」

 

 無言で剣を微動だにしないシエロは、ちょっと遠い目をしている。


「……まだ彼の翼が白かった頃に、時を巻き戻せるなら、そうしたい。けれど、それが出来たとしても、私は選ばないでしょう」

 

 エイルは、ちらと、付き添いの従者テオを見る。

 その視線の柔らかさに、ネーヴェは「おや?」と思った。

 彼女はテオから視線を戻し、地面に伏した堕天使に向き直って決然と言った。


「フレースヴェルグ様、お願いです。二度と人殺しはしないと誓い、無力な動物に姿を変えて下さい。私の願いを聞いて下さるのであれば、私は永遠にあなたを愛し共に歩むことを誓います」

「……」

「願いを聞き届けられないなら、私と離縁してください」

 

 フレースヴェルグは地面に爪を立て、歯をくいしばっている。

 それを見下ろしながら、シエロが言う。


「お前の女の願いを叶えてやらないのか」

「……あなたたちが、彼女に言わせたのでしょう!」

「そう思いたいなら、思えば良い。今、お前は分岐点にいる。回答次第で、二度と女は戻らない」

 

 シエロの言う通りだった。

 数百年ぶりに恋人の前に立つエイルは、覚悟を決めた表情だ。

 フレースヴェルグが受け入れなければ、今度こそエイルは彼を見捨てるだろう。


「……私の敗けです」

 

 長い長い沈黙の後、フレースヴェルグは項垂うなだれて答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る