第32話 作戦通りです

 ヴェルナに乗り込んだ帝国の部隊は、鐘楼や門など、戦略的に重要な建物を制圧していった。

 邪竜に襲われてパニックになっていた黄金鷲アルタイルの兵士は、帝国騎士団の逆襲に為すすべもなく次々討ち取られる。


「軍団長が竜に踏み殺されたぞ~!」

 

 敵の文化に詳しい商人の男が、黄金鷲アルタイルになりきって叫ぶ。留守を預かった軍団長が倒れたと聞き、黄金鷲アルタイルの兵士たちは一気に統率を失った。

 残るは、邪竜ニーズヘッグだけだ。


神聖弩砲セントバリスタ、装填準備!」

 

 帝国の奥の手、海神の三叉槍トライデントは、攻城兵器に改造されていた。極太の矢を打ち出す弩砲の土台に海神の遺産を組み込み、皇族が祈りを捧げると矢に神聖な力が装填されるようになっている。

 専用の戦車に積み込んで移動させるのだが、それなりに重量があるので、あまり機敏に動かせない。今回、大都市ヴェルナが陥落したことを受け、やっと重い腰を上げて戦場まで持ってきたのだった。

 しかし、邪竜を狙える位置に弩砲を設置するのも、なかなか大変な作業である。台を支えたりロープを巻き上げたり、射手が数人がかりで作業し、準備がととのった。


「撃てーー!」

 

 帝国の皇子ガリアの命令に従い、限界まで引き絞られた弓の力が解放される。

 聖なる光を帯びた特大の矢は空を裂いて飛び、夢中で酒を飲んでいた邪竜ニーズヘッグに命中した。


「やったか?!」

 

 矢は、ちょうどニーズヘッグの翼の根本に当たったようだ。

 邪竜は怒りの咆哮を上げる。

 発射元に気付いたのか、後方にいる皇子の陣営を見た。

 どぅ……ん! と地響きが鳴る。

 それは、邪竜が大地を蹴って跳躍した音だった。

 殺気だった巨大な獣は、翼が負傷したので空に舞い上がるのを諦め、跳躍して襲い掛かってきたのだ。邪竜の巨体であれば、数回の跳躍で目的地まで辿り着ける。


「も、もう一回撃つんだ、急げ!」


 射手は慌てて再装填を始めたが、間に合わない。

 青い顔をした皇子と、逃げるに逃げられず弩砲にしがみつく射手を見下ろし、邪竜は嘲笑うようあぎとを開いた。もわっと酒の匂いがする生暖かい口臭が漂う。


「酒臭いですわね」

 

 ネーヴェは、皇子から少し離れた、木の上にいた。

 邪竜は、弩砲に夢中でこちらに気付いていない。

 以前、神鳥グリンカムビにもらった不思議な弓矢を取り出し、邪竜の眉間を狙った。これだけ近距離だと、当て放題だ。


「ネル様、じゃない陛下! やっぱり逃げましょう!」

「落ち着きなさい、フルヴィア」

 

 足元で、侍女に扮している護衛フルヴィアが動転して慌てふためいている。彼女は雄鶏のモップをぎゅっと抱きしめていて、それを見たネーヴェは逆に冷静になった。笑い出したいくらい、いつも通りだ。

 恐れることはない。

 こちらには、最強の天使様も付いている。

 皇子ガリアが嚙み殺される寸前、ネーヴェは矢を解き放った。

 白い光を帯びた矢は、吸い込まれるように、邪竜の額に命中する。

 邪竜は口を大きく開けたまま、のけぞった。

 そのまま横倒しになる。


「お見事ですわね、ガリア様。三叉槍トライデントの第二撃が、命中したんですわ」

「ほ、本当か……?!」

 

 邪竜を一射で倒したネーヴェは、木から滑り降り、何食わぬ顔で皇子に話しかけた。シエロから「その弓矢なら当てれば邪竜を倒せる」と聞いていたものの、本当に呆気なく倒せてしまったので、内心とても驚いていたが、顔には出さない。

 ガリアは、まさかネーヴェが倒したと考えもしないので、なんだかよく分からないが助かったと胸をなでおろす。


「あとは、蛮族の残党を追い払うだけですわ」

「ああ……」

 

 ヴェルナの街から、敵の兵士を追い出さなければならない。

 帝国の皇子ガリアは、邪竜の接近と命の危機で、一生分の運を使い果たしたと精神的に疲れていたが、まだ寝る訳にはいかないと気合を入れ直す。


「―――やってくれましたね」

 

 そこに、漆黒の堕天使が空を飛んで現れた。

 堕天使フレースヴェルグは、肩にひどい傷を負い、血を流している。


「帝国にも奥の手があると考えれば分かったというのに、私としたことが……しかし、ここで終わらせはしない。終わらせるものか!」

 

 血走った目で叫ぶフレースヴェルグ。

 彼を少し哀れに思いながら、ネーヴェは進み出て言う。


「待ちなさい! 捕虜交換をしなくてよいのですか?!」

「ふっ、フォレスタの女王。あなたがエイルを装って、私と交渉しようとしたことは知っている」

 

 捕虜交換など成り立たないのだと、フレースヴェルグは血の混じった唾を吐いた。

 しかし、ネーヴェは首を横に振る。


「いいえ。本物のエイル様に、来ていただきました」

「―――何?」

 

 激昂していたフレースヴェルグは、その言葉に冷や水を浴びせられたような表情になった。

 どうぞ、とネーヴェは一歩横にずれる。

 従者テオの介添えを受け、しずしずと白衣の巫女が進み出る。


「エイル……?」

 

 まさかの恋人との再会に、フレースヴェルグの声は震えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る