第31話 これも天使様のお導きですわ
『あいつら、出ていったよ!』
『偉いやつ、いなくなった!』
駒鳥は、ネーヴェの手や肩をピョンピョン飛び回って報告する。
第三者から見れば、鳥たちに異様に懐かれているのは不思議だが、そこは氷薔薇の二つ名を持つ女王だ。ネーヴェには、何か不思議なことが起きてもおかしくないと思わせるような、神秘的で浮世離れした雰囲気がある。
女王の側近や護衛は、ネーヴェが鳥と話しているのを見ても「女王様なら、そういうこともある」と黙認している。鳥は天使の遣いであるし、絵面的にも不吉なものは感じず、むしろ綺麗で微笑ましい光景だからだ。
「部隊を動かして下さい。ヴェルナの南から攻めましょう」
「これから?! ヴェルナに到着する頃は、夜になるぞ。しかも、今夜は新月だ!」
帝国の皇子ガリアは反対したが、ネーヴェは「空を見て下さい」と説得した。
「ほら、星があんなに明るい。進めと、天使様のお導きです」
ネーヴェの言う通り、夕空を予告するように、ひときわ明るい星が光っている。それが吉兆だと、信じさせる輝きだ。
実は、帝国の天使リエルと、その他の天使も協力して、戦場一帯の空を晴らしていた。直接、手助けできない分、間接的に助けてくれているのだ。
ガリアが組織した帝国の神聖騎士団は、星明かりの中、ヴェルナに向かって道なき道を進んだ。
道中、帝国騎士団の御旗を見た近隣の住民は、積極的に協力してくれた。それと言うのも、
普段は税を徴収する憎らしい帝国貴族も、あの蛮族の強盗を追い払ってくれるなら救世主にも等しい。
「皇子、ヴェルナから逃げ出した兵士や商人が、この近くで野営しているようです」
ガリアの部下が、驚くべき知らせを持ってきた。
「ヴェルナを奪還するなら、協力したいと申し出ております」
「戦う勇気がある者は、付いて来させろ」
途中で合流した元ヴェルナの兵士たちも加わり、ガリアの指揮する軍隊の人数は雪だるま式に膨れ上がる。
「もうすぐヴェルナの街だ」
どぉ……ん、と遠くで破壊音が鳴った。
夜中にも関わらず、ヴェルナの街には明かりが付いている。何か騒ぎが起きている気配がした。
嵐の風をまとめて吹いたような、狼の遠吠えのような、巨大な獣の鳴き声が響き渡る。
「竜の咆哮か?!」
ヴェルナの街で、竜が暴れている。
おそらく、これは
ガリアは息を飲み、涼しい顔をしているネーヴェを振り返る。
「フォレスタ女王、あなたはこの事態を予測していたのか」
「さて……欲深い邪竜が、人間に飼われるのを良しとするのか、疑問に思っておりましたが」
ネーヴェは「偶然じゃないでしょうか」と
どうやったのかと聞かれ、いちいち説明するのが面倒だ。
「好機にございます。蛮族たちが混乱している間に、ヴェルナを奪還し、竜を討伐いたしましょう」
これも天使の導きかとガリアは納得し、「総員、突入しろ!」と命令を下した。
◇◇◇
邪竜ニーズヘッグと呼ばれる竜は、厳密に言えば、伝説に出てくる竜そのものではない。実際は、邪竜ニーズヘッグの名を引き継ぐ、限りなくニーズヘッグに近い子孫の竜だ。
古代の神々や天使によって人の世界から遠ざけられ、魔界に棲むことになった邪竜たちは、魔術の類いで召喚されなければ人間を襲えない。
強大な力を持つ邪竜が、なぜ矮小な人間や堕天使の召喚に応じるか。それは、人間の世界に興味を持っているからだ。
人間の作る宝飾品は、きらきら輝いて美しい。
人間の作る酒や料理は、非常に味わい深い。
そして、人間自体も、喰えば力を得られる。
堕天使フレースヴェルグに召喚されてから、邪竜ニーズヘッグは虎視眈々と、チャンスを待っていた。
『人間たちは、あっちで美味しそうな食べものを食べてるよ』
小鳥たちは、邪竜の鼻先で、魅力的な噂をさえずる。
鳥など喰っても腹の足しにならない。邪竜にとって、小鳥たちは暇潰しの話を歌ってくれる、貴重な情報源だった。
『フレースヴェルグが飛んでいったよ』
『今なら、人間を食べても怒られないかも?』
月の無い夜、邪竜はのっそり立ち上がった。
これまで散々、堕天使の目的に協力してやったのだ。
そろそろ報酬をいただいても、良い頃合いだろう。
どうせ、少しくらい人間を殺しても、あの堕天使は気にすまい。堕天使だって、人間を殺しているのだ。それに、
「な、なんで俺たちを襲うっ?!」
「うわぁぁぁぁ!!!」
悲鳴を上げる人間たちを散らし、酒樽を見つけて、噛み砕く。そして、美味な酒をこころゆくまで味わった。
弱肉強食、殺せば殺されるのが自然の理であれば、邪竜の欲を満たす行動に何も間違いはない。
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