Side: フレースヴェルグ

 オセアーノ帝国の拠点の一つである、大都市ヴェルナを陥落させ、フレースヴェルグは勝利の美酒を味わっていた。

 無敵の帝国とおごっていた天使たちは、ヴェルナの陥落に、さぞ慌てているだろう。愉快痛快きわまりない。酒も美味くなると言うものだ。


「フレースヴェルグ! 捕虜にした、あの女天使を俺にくれんか」

 

 無骨な大男が、フレースヴェルグの至福の一時に水を差す。

 室内にも関わらず、上等な簡易鎧の上から赤いマントを羽織った彼は、黄金鷲アルタイルの尖兵を率いる総司令であり大将軍でもあるバルドだ。

 バルドは黄金鷲アルタイルの君主オルゴンの弟であり、ここまでの西方遠征で勝利を上げてきた立役者である。戦上手のバルドがいなければ、ここまでたやすくオセアーノ帝国に勝てなかっただろう。


「女天使ジブリールですか。彼女をどうするつもりですか」

 

 捕虜にした帝国の天使についても、バルドが自由にする権利がある。フレースヴェルグといえども、バルド無しで勝利できなかったのだから、当然だった。

 しかし、フレースヴェルグは女天使ジブリールを使って交渉するつもりだったので、あまりバルドの要求に乗り気ではない。


「どうするか? 戦場で美麗な女を捕まえたら、やることは決まっておろう」

 

 バルドは野卑な笑みを漏らしながら言った。


「天使は、どのような抱き心地なのだろうな」

  

 人間しか抱いたことがないからと、バルドは浮き浮きしている。


「きっと天国の抱き心地でしょう。次の日に死んで良いなら、ご自由に」

 

 フレースヴェルグは、しれっと釘を差す。

 死ぬと言われて、バルドの顔がひきつった。


「天使を抱いたら死ぬのか?」

「そうですね。天使は人間を傷付けられませんが、人間が天使を傷付けた場合、天罰が下ります」


 嘘ではない。

 慈愛を形にしたような生き物である天使は、特殊なルールのもとで生きている。天使は人間を傷付けられない制約があるので、策を弄せば簡単に捕まえられるが、調子に乗って天使を傷付けると、その天使が守護する土地の精霊たちが怒って天罰を下すのだった。


「死にたくはないな。う~む、仕方ない。どうにかできる方法が見つかるまで、あの女はそのままにしておくか」

「いえ、あの女天使は、取引の材料に使います。私には、どうしても手に入れたいものがある。前にご説明した通り、これだけは譲れません」

 

 フレースヴェルグは、女天使ジブリールを、愛しい人エイルとの交換に使うつもりだ。


「そうだったな。あの女天使は、お前の好きにするがいい」


 何度も言い含めていたので、バルドは「抱かせてくれないかと、言ってみたかっただけだ」とあっさり撤回する。


「それにしても、一人の女に固執する気持ちが、よく分からんな。せっかく永遠に近い寿命があるんだ。世界の女どもを、抱き散らせば良いではないか」

 

 世界の果てまで出会い放題だぞと、バルドは羨ましそうに言う。

 ポジティブな思考だと、フレースヴェルグは呆れる。

 窓に視線をずらすと、駒鳥が跳ねている。外は、戦争の後で瓦礫の山になっているのに、鳥たちは暢気なものだ。

 

「……私は、有象無象と付き合うことに意味を見いだせませんがね。疲れそうです」


 フレースヴェルグは、ただ一人の相手に安らぎを求めている。

 愛しいエイル。彼女と会うのは、何百年ぶりだろうか。

 その瞬間をずっとずっと、待ち焦がれていたのだ。

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