第26話 軍師を務めさせていただきますわ

 帝国の国旗には、翼と剣が描かれているが、その背景に六角形の模様がある。その模様が何を意味しているか、それまでネーヴェは知らなかった。


「亀、ですか?」

「亀です」


 運河の入り口には、小屋を背負った巨大な亀が鎮座していた。

 帝国の特別な輸送手段らしい。

 この巨大な亀は、川をさかのぼることができ、海と川を自由に行き来する。動く要塞であり、もっとも安全に貴人を運ぶ移動手段だ。

 しかし亀。

 

「その昔、一人の男が天使に導かれ、亀に乗って浜辺に漂着しました。彼こそが、帝国の基礎を築いた皇祖なのです。国旗の背景に描かれた六角形は、亀甲紋、すなわち亀の甲羅を意味しています」

「はぁ」

 

 案内をする帝国軍人が誇らしげに解説してくれた。

 オセアーノ帝国がいかに海の恵みを甘受しているか、目の前の亀がその体現らしい。しかし、巨大な亀はそう何匹もいないので、亀甲車は皇族の移動に主に使われる。

 亀甲車はイストロス川をさかのぼり、黄金鷲アルタイルが占領するヴィエナの都の近くまで行く予定だ。

 ネーヴェは、護衛の騎士ロドリゴと従者テオを伴い、亀に乗り込んだ。

 

「はじめまして、だな。フォレスタ女王」

「お目にかかれて光栄ですわ、ガリア殿下」


 狭い客室に移動すると、若い男が待っていた。

 彼は、帝国の第三皇子ガリアだ。

 今回フレースヴェルグを撃退する作戦に協力するにあたり、ネーヴェは神聖騎士団の総司令である第三皇子ガリアと行動を共にすることになっていた。

 シエロは別行動で空を飛んで移動し、帝国の天使ゼラキエルと合流する予定だ。


「首座天使ガブリエル様から、あなたを軍師として扱うよう指示を受けている」


 ガリアは、ネーヴェがベールを脱いでその美貌を見せると、感嘆したように目を見張った。

 帝国の皇子らしく横柄な態度だが、ネーヴェのことは貴賓と扱うと決めたらしく、貴公子の振舞で席までエスコートしてくれる。


「改めて、どうすれば勝てるか、教えていただけるか」

「作戦を考えたのは、シエロ様ですわ。エイル様の振りをして、フレースヴェルグと交渉する提案をしたのは、私ですけれど」


 ネーヴェは、ここに来るまでに、シエロと話した内容について、思い出した。




「フレースヴェルグは、エイルとジブリールの交換を望んでいる。奴にとっては、数百年ぶりの再会だ。さぞかし気が緩むことだろう。隙を突くなら、その時だ」

 

 帝国に協力することが決まった後、ネーヴェはシエロと作戦会議をした。

 宿屋の経営あたりからだろうか、重要なことは二人で話し合って決めるという暗黙の了解がある。天使の正体を明かしていない時から、シエロはネーヴェをビジネスパートナーとして対等に扱っていた。


「エイル様を、交換に出すのですか」

「いや。交換に出すと見せかけて、時間を稼ぐ。エイルの筆跡を真似た手紙を出して、フレースヴェルグを釣る」


 えげつないですわね……。

 ネーヴェは、作戦を聞きながら、シエロのあまりの冷静さと無慈悲さに呆れた。恋人同士の再会と知りながら、それを策略に容赦なく利用するつもりだ。


「フレースヴェルグと邪竜を引き離し、邪竜をそそのかして黄金鷲アルタイルの中で暴れさせる。内輪揉めさせて、弱体化したところを、俺とゼラキエルで一網打尽にする」

「そこは、邪竜と一騎打ちするところなのでは……?」


 さらに、シエロがもっと酷いことを言い出した。

 本当に天使様なのか疑いたくなる作戦内容だ。

 ネーヴェが指摘すると、シエロは鼻で笑った。


「勝てなければ、どんなに正々堂々と戦っても意味がなかろう。勝者こそ正義だ」

 

 それは悪役の台詞せりふでは?


「俺は、勝つと決めた戦いは、必ず勝つ」

 

 さすがシエロ様。

 冷徹な顔をして言うシエロに、ネーヴェの背筋がぞくりとする。

 普段は優しく寛容な男だが、危急存亡に対する判断の鋭さに、彼がフォレスタ建国の英雄だと実感する。幾多いくたの試練を潜り抜けてきた男の言葉には、言い表せない重みがあった。

 束の間、男に見惚れたネーヴェだが、負けていられぬと自分を奮い立たせる。そもそも勝つ必要などないのだが、ネーヴェは昔から男に従う気性ではない。


「では、私がエイル様の代わりをしますわ」

「何?」

「ついでに、黄金鷲アルタイルの内輪揉めを起こす策についても、心当たりがあります」

 

 ネーヴェは、シエロの案を補強する作戦を提案する。

 そこからいつものように、二人で議論が始まる。

 いつもは二人だけで話し合うのだが、今回は協力者としてシエロの従者テオが同席していた。テオは、ネーヴェとシエロが激しく議論を始めた最初は仰天し、あたふたしたが、途中からこれが二人のコミュニケーションだと気付いて生ぬるく見守ることにした。


「フレースヴェルグが可哀想になってきますね……」

 

 黙って話を聞いていたテオは、二人が意気投合して練り上げた作戦があまりにも容赦なかったので、思わず敵に同情してしまった。


「何を言っている。やるからには徹底的に戦うに決まっているだろう」

「そうですわ。同情は、勝ってからでも間に合います」

 

 シエロとネーヴェの言葉に、テオは半眼になった。


「あなたたち、お似合いのカップルですよ」

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