第23話 一石三鳥ですわ

 シオタの街の若者と軍船の騒動がひと段落した翌日、待ちに待った知らせが届いた。


「ネル様! 岩が送られてきました!」

 

 野生の鳩は、なんとかフォレスタに辿り着いてくれたらしい。

 ネーヴェの命令を受けた、護衛騎士ニーノの実家の人々が、岩を採取して早馬で届けてくれたのだ。


「早速、パオロさんに見せてみましょう」

 

 ネーヴェは、漁師の妻アンナを伴い、再びパオロの元を訪れた。

 旧市街の寂れた路地を通り抜け、硫黄の匂いのする一画に辿り着く。相変わらず、何の店か分からない、雑多に物が積んである店の扉をくぐった。

 気難しい老人店主パオロは、ニーノが差し出した白っぽい岩を、拡大鏡ルーペで観察する。


「……間違いない。ライムストーンだ」

「薬を作っていただけますか」

「すぐに作ろう」


 隣で、はしゃいだアンナとニーノがハイタッチを交わす。

 パオロは上機嫌で、煙管きせるをくゆらせた。


「お前たちの故郷に、この岩はまだ沢山あるのか? こいつは、色々な物を作れるんだ。まだ岩があるなら、高く買い取るぞ」

「色々な物? 例えば、どんな物ですか?」

「そうだな、加工する手間は掛かるが貴族に売れるのは、透明度の高いガラスだな。庶民には、セメントにしたり建築材としてそのまま売りさばく。熱を加えると物を溶かす劇薬になるし、もうひと手間加えると石鹸の材料にも」

「石鹸?!」

 

 途中で、ネーヴェが身を乗り出したので、パオロは吃驚してのけぞった。


「石鹸の材料になるのですか?!」

「あ、ああ。海藻の灰の代わりになるな」


 海藻の灰が山国のフォレスタで採取できないため、石鹸を量産できないと悩んでいたのだ。思わぬところで、悩みが解決してしまった。

 ニーノも、解決を一緒に喜んでくれる。


「良かったですね、ネル様!」

「はい。すぐに岩の採掘場を作りましょう」


 追加で岩を仕入れる代わりに、加工方法をパオロに教えてもらうことにした。

 取り急ぎ追加で岩を送ってもらおうと、手紙を書く。

 問題は手紙をフォレスタに送る方法だ。


「また野生の鳩にお願いしようかしら……」

 

 野生の鳩は訓練されていないので、手紙を届けるのに時間が掛かる。前回は、届かないことを見越して複数羽に任せたり、戻りの手紙が無くても大丈夫なよう、とにかく岩を送って欲しいと一方通行の依頼をしていた。

 しかし、今後のことを考えると、あまり野生の鳩をこき使うのはどうかと思う。


「ふっ、人間の癖に無駄に悩んでいるようだね!」

 

 ニーノと一緒に崖の上の修道院に戻ってくると、門前で腕組みした少年が待っていた。


「リエル様」

 

 少年は、翼をしまった帝国の天使リエルだった。


「天翼教会に行くといい。鳩便を使わせてあげるよ」

 

 先回りして、言いたかったことはそれらしい。

 ネーヴェは屈んで少年と目を合わせ「ありがとうございます」と礼を言った。


「シエロ様と、仲直りされたのですね」

「! あ、当たり前だ。僕は兄さまと喧嘩なんてしてないぞ!」

 

 いい気になるなよ人間、とリエルは頬を紅潮させ、こちらをびしっと指さす。


「僕よりも、お前と兄さまの仲の方が問題だ!」

「何か問題がありましたっけ」

「とぼけるな! 天使の名誉にかけて、シエロ兄さまの恋を成就させてやる!」

「え……?」

 

 どこをどうやったら、そういう結論になるのだろう。

 ネーヴェは呆気にとられた。

 視界のはしっこで、壁際に佇むシエロが手で額をおおって項垂れている。彼にとっても、不本意で予測していない事態らしい。

 少し考えて、ネーヴェはリエルに提案した。


「昨日のカポナータが残っていますの。食べていかれますか。ついでに、泊まっていかれますか。シエロ様が部屋に泊めて下さると思いますわ」

「良い心がけだ、人間!」

 

 口調は偉そうだが、リエルの瞳は子供のように輝いている。

 可愛いとは、こういうことを言うのだと、ネーヴェは少年の頭を撫でたくなった。

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