第22話 夕食にしましょう
もやもやする時は、料理をするに限る。
ネーヴェは、漁師の妻アンナに教えてもらった海辺の郷土料理カポナータを作ることにした。
カポナータに使う真っ赤なトマトや、黄色いパプリカ、しんなりとした緑色のズッキーニは、海の向こうからもたらされた野菜だ。これらの鮮やかな野菜は、海洋貿易が盛んな帝国が最初に取り入れ、それから属州を通じて各国に広まった。海洋貿易を守るのは、帝国の天使だ。海に棲む恐ろしい魔物を遠ざけ、大陸まで導いてくれる白い翼の天使は船乗りの守護神であり、帝国の強さの証である。
「ネーヴェ……」
「忙しいので、後にしてくださいませ」
ナスやズッキーニ、パプリカを一口サイズに刻み、煮立てた鍋に放り込んで素揚げにする。セロリは筋を取り、玉ねぎと人参を切り、にんにくをみじん切りにした。
熱した鍋にオリーブ油を少々、にんにくを入れて軽く炒め、香りが出たら材料をまとめて放り込み、弱火で煮る。最後に、白ワインで煮たトマトをつぶして混ぜ、砂糖とワインビネガーで味を調えた。軽くタイムの葉を散らす。
カポナータは冷ますと旨い。
野菜が甘酸っぱい味に染みるまで、少し待つことにする。
「ネル様、シオタの街の人が、マグロの生ハムを差し入れてくれました。若者が連れていかれなくて済んだって、喜んでましたよ」
護衛の男性騎士ニーノが、丸太のようなマグロを持ってきてくれる。
街の住民は金銭の代わりに魚やエビを差し入れてくれるので、ネーヴェは最近、魚料理が上手になった。
「夕食にしましょう」
皿を並べて言うと、騎士たちから歓声が上がる。
ついでに、関係ない雄鶏のモップも翼を羽ばたかせて飛び上がった。
「ネル様の料理、最高です!」
「護衛対象に料理させてるという罪悪感も吹き飛びます」
「気にせず、たっぷり食べてくださいね」
騎士たちはよく食べるので、料理の作り甲斐がある。
シエロは二階の自室だろうか。
ダイニングに集まって、酒を片手に飲み食いする騎士たちを見ながら、ネーヴェは盆に料理を載せて、階段を登った。
窓辺で海を見ていたシエロが振り返る。
唐突に、脈絡なく言う。
「……俺を試したのか?」
リエルとの会話のことらしい。ずっと考えていたようだ。
「生意気な人間だと怒ってもよろしいのですよ」
ネーヴェはテーブルに、二人分の食事を置く。
自分の椅子を持ってきて座った。
美味しそうだと微笑んだシエロは、対面に腰かける。
「怒らないさ。お前は、俺に怒って欲しかったのだろう」
共に生きたいと望むシエロに、天使と人間は共に生きられないと、酷い事を言ったのは、彼の真意を確かめたかったからだ。どこまで本気か、どこまで許されるか、試したかった。
それに……彼に追いかけてきて欲しいという、ネーヴェの個人的な欲求がある。自分にこのような、男をもて遊ぶような衝動があるとは、今まで思ってもみなかった。
ネーヴェの葛藤を見通しているかのように、シエロは泰然としている。
「俺たちも仲直りすべきだと思わないか」
「謝りっこは無しですわよ」
謝罪しても意味がないことは分かりきっている。
それよりも必要なのは、未来への希望だ。これから先も、二人でずっと一緒にいたいと、互いに想っているか確かめること。
シエロが悪戯っぽく笑む。
「なら、こういうのはどうだ? 俺のことが好きだと言え」
「……」
悔しいが、妥当な仕返しだと思わざるをえない。
ネーヴェは、ぷいとそっぽを向いた。
「どうした?」
「言いませんわよ」
意地を張ると、正面でフォークを持った男が、くっくっと喉で笑う。
「お前は本当に可愛いな」
「……そんなことを言うのは、シエロ様くらいですわ」
ネーヴェは彼と視線を合わせず、仏頂面でカポナータを口に運ぶ。
ちょっと濃い味付けだったかしら。
やたら甘酸っぱいと、ネーヴェは眉をしかめる。それをシエロは楽しそうに眺めていた。
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