第19話 やんちゃですわね

 リエルの話を聞き、ネーヴェは聖堂が女人立ち入り禁止だったことを思い出す。シエロの指示で入れてもらっていたが、本来は修道女も入れないらしい。その理由について詳しく説明を受けたことはないが、おそらくフレースヴェルグの伝説を聞いた司祭たちが作った規則が元になっているのではないだろうか。


「兄さまに邪心を抱かせるなよ、女。兄さまは、次期の宝座スローンと目されている強い天使なんだ。人間のせいで堕落するなど、到底ゆるされない」

 

 もう手遅れだ。

 ネーヴェは、天使と人間の恋が禁止なら、最初からそう言って欲しいと思った。婚約までしてしまったことを話したら、リエルはどんな顔をするだろうか。

 しかし、以前に出会ったアウラの天使セラフィは、天使と人間の恋が禁忌だとは言っていなかった。

 この件は慎重に考える必要がある。

 ネーヴェは冷静に、リエルの説明を鵜呑みにせず、裏付けを取ろうと考える。

 

「……ご心配には及びませんわ。シエロ様は、高潔な天使。私ごときの誘いには、けっしてなびかれませんもの」


 言いながら、ネーヴェはまだシエロの正体を知らなかった頃、一緒に国外に行こうと誘ったことを思い出す。

 あの時、シエロは天使の責務を理由に断った。

 ネーヴェには、シエロの引退や自分への想いを疑う気持ちがある。彼は自分を気に入っていると思う。しかし、一方で天使としての責務に忠実であろうとしている事を感じている。

 本当に、私と結婚してくれるのかしら。

 案外、疑わしいと思う。

 離れると声を掛けてくる癖に、ネーヴェが誘うと断る。シエロの行動には、迷いが見える。

 だからといって、国を捨ててネーヴェを選んで欲しいとは、けっして思わない。

 ネーヴェは誇り高く気高い、重責に向き合おうとするシエロの姿に惚れたのだ。

 手の届かない空を飛翔する鳥に焦がれるように、ネーヴェはシエロに密やかな恋心を抱いている。


「分をわきまえているなら良い。下がれ」

「リエル様、差し出がましいことを申しますが―――」


 ネーヴェは立ち上がり、壇上で高慢な態度でこちらを見下ろす天使の少年を見据えた。


「シエロ様に、天使として共にいて欲しいと、そう願われたことはございますか」

「は?!」

「想いは口にせねば届かぬもの。シエロ様は、リエル様のお気持ちをご存知なのでしょうか」


 豊穣神復活計画も、秘密で進めているシエロだ。

 この弟を名乗る天使リエルを、信頼していないことは明らかである。

 リエルと会話し、それは少し寂しいと、ネーヴェは感じた。リエルは幼子のように純粋にシエロを慕っているのに、シエロの方はまるでリエルを見ていない。


「黙れ! 用が済んだら、さっさと出て行け!」

 

 リエルは顔を真っ赤にして叫ぶ。

 ネーヴェは、礼拝堂から追い出された。

 年齢のわりに子供っぽい天使様だ。

 呆れながら天翼教会から出ると、待ち構えたように、フルヴィアが駆け寄ってくる。


「ネル様! 大変です」

「どうしたのですか、そんな慌てて」

「シオタの若者が、港でストライキを起こしたそうです」


 ネーヴェは、驚かなかった。

 軍人が演説していた時の、街の人の反応を考えれば、あり得なくもない。よほど腹に据えかねる命令でも出されたのだろうか。


「想定よりも早いですわね」

「それだけではなく、軍船を乗っ取って反乱を起こしていると」

「やんちゃですわね……」

 

 シオタの若者の行動力が、想像以上だった。

 馬鹿な指揮官に、勢いあまった田舎の若者たち。下手にぶつかると、死人が出かねない。


「あの帝国軍人たちときたら、騎士の風上にも置けません! 一般人をあのようにこき使うなどっ! ネル様、シオタの若者を助けにいきましょう!」

 

 鼻息荒くフルヴィアが叫ぶ。

 彼女は、シオタの住民に同情しているようだ。

 残念ながら、その希望には添えそうにない。

 ネーヴェは冷静に命令を下した。


「いいえ。私たちは、総監ノニウス様を助けに行きましょう」

「なんでですか?!」

「あら。権力者には恩を売るものですわ」

 

 悪に味方するつもりかとフルヴィアは不満そうだが、ネーヴェは気にせずに、ノニウスの元へ案内するよう彼女に命じた。

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