第18話 天使への拝謁
一般人が天使様に拝謁することはできない。国王だろうと、高位司祭だろうと、天使様を呼びつけて話をすることも、天使様を事前に予約することもできない。
しかし、ネーヴェには確信があった。
あのシエロ大好きな天使の少年は、シオタの街の天翼教会にいるはずだ。少しでも帝国に滞在するシエロの近くにいたいと考えているだろう。
「リエル様に、
シオタの天翼教会の受付は、ネーヴェから出た名前にぎょっとした。
「シエロ様について、あなたが知りたいことを答えます、とお伝えください」
「少々お待ちください!」
受付の修道女は、どこまで知っているのだろう。
慌てて奥に駆け込み、高位司祭に相談を始めた。
「リエル様がお話されたいそうです。どうぞ中へ」
ネーヴェは、導かれるまま、天翼教会の礼拝堂に足を踏み入れた。
そこは、人払いされた神聖な空間だった。
非礼にならぬよう、ネーヴェは頭から被っていた顔を隠す
「―――人間の癖に、僕と対話しようなんて、思い上がりもはなはだしい」
祭壇に腰かけた金髪の少年が、ネーヴェを見下ろして言う。
「だが、興味はある。僕が知りたいと思っていることについて、話してみろ」
「シエロ様がなぜ帝国に来たのか、私の口からご説明さしあげましょうか」
ネーヴェが見上げると、少年の顔が引きつった。
やはり、推測は正しかったらしい。
「その代わり、天使様にお願いがございます」
「……言ってみろ」
「どうかシオタの住民たちの嘆きに、耳を傾けてくださいますよう」
両手を祈りの形に組み、ネーヴェは
「シオタの民は、若者を失うかもしれないと、戦々恐々としております」
「帝国の栄誉に尽くすのに、なぜ不満があるんだ」
「かの軍船に乗ってきた総監の方に、覇気が感じられないからでしょう。あの方は、自ら戦いに臨むように見えません」
シオタの街の住民に命令を下していた軍人について、ネーヴェは違和感を持っていた。戦地からやってきたとは思えない、綺麗な恰好。負傷している兵士も見受けられない。
「ご推測通りですよ、ネル様」
ネーヴェの護衛騎士ステファンは、シオタの街を治める貴族に伝手を持っており、情報収集をしてくれた。
「あの軍船に乗ってきた総監は、末端の皇族です。ノニウスという名前で、後方支援を命じられているにも関わらず、戦いから逃げてシオタまでやってきたようです」
「そんな方が、シオタの若者を動員して、どうするつもりでしょうか」
「形だけでも、戦争に協力している感じを出したいんでしょうね。協力させられる民は、たまったもんじゃないですが」
ノニウスは、シオタで一番高級な宿を占領して、日がな豪華な食事を注文し食っちゃ寝しているらしい。
そのことを伝えると、天使リエルの顔が険しくなった。
「……お前の話が本当なら、確かに住民には同情の余地がある」
「では」
「だが、出過ぎた真似をするな、フォレスタの女王。彼らは、僕の民だ。守るも殺すも、僕の勝手だ」
天使の矜持に触れたのか、リエルは険しい表情で宣言する。
ひやりとした拒否の雰囲気に、これ以上すすめるのは難しそうだと、ネーヴェは判断する。
言葉を飲み込んでしばし待つと、リエルは膝を組み替えて言った。
「話だけは聞いてやった。さあ、シエロ兄さまがどうして帝国に来たのか、何を調べているのか、お前が知っていることを話せ」
相変わらず高慢な態度だと、内心の呆れはおくびにも出さず、ネーヴェは丁寧な態度で答える。
「シエロ様は、神海の島に渡り、天上に昇りたいと仰っていました。それ以上のことは、分かりませんわ」
「神海? 兄さまなら飛んでいけるだろうに」
「私達を残していくのが心配なようです。神海を渡る船を手配すると、仰っていました」
あらかじめ、シエロにはここまで話すと伝えてある。
豊穣神復活計画は秘密のまま、当たり障りのないところまで説明した。
しかし、リエルは何か考えているようで、鋭い視線をネーヴェに注ぐ。
「兄さまが、人間を神海に……あの兄さまがフレースヴェルグの二の舞になるとは思えないが」
リエルの口から出た言葉に、ネーヴェの心臓が跳ねる。
フレースヴェルグ―――それは、ネーヴェが半年以上前に帰郷した際、戦った黒翼の堕天使の名前だった。
「リエル様は、何を懸念されているのですか?」
「ふん。お前たち人間も、少しは聞いたことがあるのではないか。天使と人間の禁断の恋。
天使と人間の恋愛を、禁忌と呼ぶ理由。
堕天使フレースヴェルグの伝説について、リエルはネーヴェに語って聞かせた。
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