第16話 意外な関係

 リエルの件を、シエロに話す訳にはいかなかった。

 向こうから一方的に言ってきたのだから、ネーヴェに付き合う義理はないのだが、それでも告げ口すれば気難しい天使様が怒るだろう。いざとなればシエロが仲裁してくれると思うが、お忍び中とはいえ、フォレスタ女王と帝国の天使が喧嘩するのは良くない。


「どうして鳩に話しかけている?」

「なんでもありませんわ!」


 シエロに声を掛けられ、ネーヴェは急いで、手紙を持った鳩を飛ばした。

 鳩はフォレスタに行ったことが無いからと、飛行を渋っていたが、報酬に木の実を渡すことで納得してくれたところだった。


「夏とはいえ、夜は冷える。海から風が吹いてくるだろう。あまり長く風にあたっていると体調を崩すぞ。家の中に入れ」

 

 シエロは、薬草園の隅っこにいるネーヴェの元に歩いてくる。

 そして、持ってきた司祭衣をそっとネーヴェの肩に掛けてくれた。その気遣いに、ネーヴェは感謝する。

 

「ありがとうございます。もう少し涼みたいので、付き合っていただけますか」

 

 ネーヴェは夜の海を眺める。

 遠くに、星明かりが反射した水面が輝いていた。

 潮騒の音が聞こえる。風に揺られる木々の葉音を、もっと大きくしたような、不思議な音だ。


「リエル様は、シエロ様の兄弟なのですよね? その、兄弟間のエピソードなど教えて頂けますか」

 

 リエルを説得する手掛かりを得ようと、ネーヴェはシエロに話しかける。

 シエロは、海を見ながら顔をしかめた。


「誤解させて悪いが、俺とリエルは兄弟ではない。一応、天使としては兄弟ということになっているが、一般的な意味での兄弟ではない」

「どういうことですの?」

「前に少し話したかもしれないが、俺は途中まで人間として生まれ育った。先祖返りの天使であることが発覚してから、帝国の首座天使の元に引き取られたが、その首座天使の子供がリエルだ」


 なるほど、養子に出された先の兄弟、という関係性が近いだろうか。ネーヴェは、シエロとリエルの複雑な関係を理解した。


「リエル様は、シエロ様をしたっているようですね」

「慕っているというか……あいつの方が俺より年上だぞ」

「え?!」

「天使の間では、年齢は重要ではないからな……」

 

 シエロは遠い目をしている。

 それはつまり……リエルの方が年上の立場を利用し、嫌がるシエロを兄と呼んで遊んでいるのだろうか。

 面白おかしい逆転の関係だ。


「意外過ぎる関係ですわ……」

「何を想像したか分からんが、たぶん半分くらい合っている」

 

 シエロは、げんなりした顔で呟いた。


「悪意があれば遠ざけるが、リエルはあれで俺を慕っているつもりだ。追い返したくても、追い返せない」

「シエロ様は、優しいんですね……」

 

 分かってはいたが、改めてこの男は優しいのだと知る。

 前に会ったセラフィも、帝国の天使リエルも、シエロの懐の広さに甘えているように見えた。

 そして、たぶん、自分も。

 

「石鹸作りは、もう良いのか? 職人に会いに行くなら、俺も付き合おう」


 シエロは海から視線を外し、ネーヴェに聞いてくる。

 石鹸作りのため帝国に来たことを、思い出させてくれた。

 船底のフジツボ掃除の件で脇道に逸れているが、せっかく帝国に来たのだから、石鹸についても情報収集したいと、ネーヴェは考える。


「石鹸に興味が湧いてきましたか」

「どちらかというと、お前の行動に興味がある。今度は、何をしでかしてくれるのか、興味津々だ」

「人をトラブルメーカーのように言わないで下さいませ」

 

 夜風に吹かれながら、シエロと二人、軽口を叩きあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る