第30話 天使と人間

 予想外のセラフィ乱入のため、せっかくシエロの家に呼ばれたのに、ゆっくりできなかった。

 セラフィは途中で帰っていったが、ネーヴェは天使たちの会話が気になって、ずっともやもやした。自分が蚊帳かやの外なのが、気に入らない。

 まだシエロのことをよく知らない。

 ゆっくり彼のことを知っていこうとしている途中だ。


「戦線って何ですか?」

 

 セラフィが去った後、ネーヴェはシエロに聞いてみた。


「人間には関わりのない、天使たちが勝手に言っている聖戦だ。国同士の戦争とは違う話で、説明しろと言われても説明が難しい」


 シエロは珍しく言葉を濁すような物言いで、深く聞いてくれるなという雰囲気だった。

 ネーヴェは、急に不安になる。

 彼の好意を疑っている訳ではない。同じ天使相手に、ネーヴェのことを「大事な人だ」と紹介してくれたのだから、ネーヴェと添い遂げる覚悟はあると思う。

 だが、二人の間には、決定的な種族の差がある。


「……天使様は長生きですものね。私達人間とは、違う世界があるのでしょう」

「ネーヴェ」

「私が先に死んだら、シエロ様はどうなさるおつもりですか?」

 

 それは、口にしてはならない問いかけだった。

 その問いを放った瞬間、シエロの表情が凍り付く。

 答えを聞くのが恐ろしくて、ネーヴェは身をひるがえした。


「王城に帰りますわ」


 シエロは止めなかった。

 

「気を付けて帰れ」

 

 背中に掛けられた声は平静そのもので、ネーヴェは余計に悔しくなった。

 

「パウロ、帰りますよ」

「もう良いんですか?」

 

 気を使ってくる近衛騎士団長が、今は余計なお世話だ。

 ネーヴェは護衛を連れて、王城に戻った。

 その日は政務を休む予定だったので、城に戻っても用事がない。

 こっそり部屋の壺をピカピカに磨いたり、雄鶏に虫を与えて侍女におびえられたりしながら、夜が来るのを待つ。

 やがて、夕闇に外が染まる頃、ネーヴェは侍女を下がらせて、ベランダの扉を開けた。

 

「……お待ちしていましたわ、天使様」


 ふわり、とベランダの手すりに、銀色の天使が降り立つ。

 それはシエロではなく、昼間に聖堂に乱入してきた、女性天使セラフィだった。

 

「お前は、この国の女王だったのか……道理で、ラルクシエルに近いはずだ」


 はじめて、シエロの本名を聞いた。

 できれば彼自身の口から聞きたかったが……ネーヴェは、はっきり不満を自覚する。シエロは、わざと説明をしない、あるいはぼやかしている節がある。それはきっと、ネーヴェがいつでも、普通の人間同士の結婚に戻れるようにするためだ。


「警告に来た。フォレスタの女王。天使と人間は違う。結ばれるなどと思いあがった考えを持つのは止めろ。あの男が色ボケしているなら、お前の方から身を引け」

 

 戦乙女の姿をした天使は、はっきりと、審判を下すように、そう宣言した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る