第31話 それがどうかしましたか?

「検討します」

 

 ネーヴェは、白い翼を広げ手摺に佇むセラフィを、平坦な表情で見返した。


「そう。おとなしく引き下がり……検討するって?」

 

 警告を続けるつもりだったセラフィは、予想外の返しに途中で鼻じろんだ。

 それを、ネーヴェは詰まらなさそうに見る。


「確かに、天使様と人間は違うものでしょう。セラフィ様、私にシエロ様のことを教えて下さい。そうすれば、別れる覚悟が出来るかもしれません」

「え? そういうものかしら。相手の事を知ったら余計に戻れなくなる気も……いやいや、人間の考え方は分からないわ。言葉通りかも」

 

 セラフィは混乱しているようだ。

 何やらぶつぶつ言った後、腕組みして頷いた。


「分かった! 教えてあげる!」

「ありがとうございます」

 

 良かった、御しやすい天使様で。

 ネーヴェは表情に出さず安堵する。

 こちとら一国の女王をやっているのだ。今さら無力な娘のように悲劇ぶって絶望することなど、ありえない。

 だいたい目の前の天使様より、知恵者で有名な宰相ラニエリより、宮廷に出入りする狡猾な商人達よりも、シエロの方が腹黒くてやりにくい。あの男は、巧妙に動いて、こちらに隙を見せない。隙を見せている時は、大抵わざとだ。


「シエロ様は、天使の中でも重要な方なのですか」

 

 彼の事をもっとよく知るには、同じ天使の話を聞く必要があると、ネーヴェは考えていた。


「重要……人間の考える重要の定義と、少し違うわ。私たち天使の間には、基本的に上下関係がない。例外は、神海におわす宝座スローンの天使だけ……ただ、あいつは聖戦において絶対的な功績を上げた。だから、一目置かれている」

「功績?」

「あいつは、そこにいるだけで抑止力なの。だからフォレスタを潰そうって馬鹿はいない。まあ、あいつが帝国の天使の血縁なのもあるけど」

 

 新しい情報が、次々に出てきた。

 帝国とフォレスタは、今現在、友好的な関係で、一定の条件のもと通行や商業を許可する条約を結んでいる。昔は敵対していたらしいが、ここ数十年は平和だった。

 その平和の立役者が、シエロであるらしい事は、ネーヴェも薄々察している。


「って、こんな話は死すべき人の子には関係ないでしょう。私たちは寿命が違う。それだけで、十分あなたが身を引く理由になると思うけど」


 いささか喋り過ぎたと気付いたらしい。

 セラフィは、説明を途中で打ち切って本題に戻した。


「天使様の寿命は、いかほどなのですか」

「だいたい守護する国と同じよ。ほぼ永遠。分かったら、さっさと諦めなさい」

 

 分かっていたが、相手は自分と違う種族なのだ。

 ネーヴェはその事を心に刻む。

 しかし、ここで引き下がるつもりはない。

 むしろ、本題はここからだ。


「ですが、引退、できるのですよね?」

「っ?!」

「あなたは、昼間その口ではっきり、引退するのかと、シエロ様に聞かれました」

 

 セラフィは動揺する。

 以前にシエロも引退を口にしていた。一国の守護天使は、守護する国と同じ寿命……すなわち、守護天使の地位から引退すれば、普通の人間と同じように歳を取るのかもしれない。


「引退という言葉があり、私の事を聞いてすぐにそれが思い浮かぶ、ということは、前例があるのでは無いですか。私たちと同じように、天使と人間が絆を結んだ例が」

「!!」

「一例だけ、という訳ではなく、選択肢として存在する程度、複数の事例があるという事ですね」


 ネーヴェは冷静に、淡々と推測を述べる。


「おま、お前! 全然諦めてないじゃないか!」

 

 セラフィがこちらを指差して、わなわな震える。

 しかしネーヴェは冷たく言った。


「検討すると言っただけですわ。他にもシエロ様を諦めるべき理由があるなら教えて下さい。情報は沢山あるに越したことはありませんから」

 

 開き直って言うと、セラフィは絶句した。


「……す」

「え?」

「出直してくる!!」

 

 天使様は、くるっと身をひるがえし、翼を広げて空にダイヴした。

 逃げられてしまった。

 ちょっと、苛め過ぎたかしら……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る