第29話 行方不明?
一国の王子が行方不明なのは、大変な事だ。
詳しく事情を聞こうと、シエロは室内にセラフィを誘った。
テーブルに載っているのは本日の菓子、バーチ・ディ・ダーマ。
アーモンド粉を練って焼いたクッキーだが、二つの帽子の間にチョコレートを挟み込んだような、ころんと可愛い球体の菓子だ。ネーヴェの手作りで、シエロへの手土産として持参したものである。
「美味しい!」
客に勧めると、ものすごく喜ばれた。
セラフィは菓子を食い尽くす勢いだ。
「……アウラの王子は、もう既にフォレスタに向けて発っていたのか?」
シエロは恨めしそうな目で、消えていく菓子を眺めている。
女子がぱくついている手前、手を出せないらしい。
「そう!」
菓子を平らげながら、セラフィは頷いた。
「寄り道しながら旅をするつもりだから、フォレスタ側には出発の日をずらして伝えろと、ルイが言ったんだ。奴は魔物に狙われやすいから、私は気になって後を追った。そうしたら、行方が分からなくなって」
「天使にも分からない?」
「ああ。何か魔術を使ったのかもな。もうフォレスタに着いているかと思って飛んできたが、その様子だと着いてないな。仕方ない。もう一度、来た道を辿って探してみよう」
一国の王子が、まるで落とし物のようだ。
あっけらかんと言うセラフィに、シエロも呆れている。
「アウラの守護天使が、のんきに散策していて良いのか。留守を狙われるぞ」
「お前だって、たまに散策に出てるじゃないか」
「帝国とは話が付いている。うちのフォレスタは、お前のところと違って襲われない」
「血縁関係があるって、ずるいな」
ぽんぽんと交わされる、天使同士の会話に、ネーヴェは付いていけない。
極力、表情を変えず、静かに会話を見守った。
セラフィは唇を尖らせた後、ようやくネーヴェに視線を移す。
「ところで、この人間は何? 新しい修道女か何か?」
女王陛下に向かって不敬はなはだしいが、セラフィは天使様だ。
ネーヴェは、セラフィが自分を見る目が、別の生き物を見るようだったので、密かに気分を害する。
「……俺の大事な人だ」
シエロが答えると、セラフィは目を見開いた。
「え?! 人間だろ?! まさか、まだ若いのに引退する気なのか。お前が抜けると戦線がまずいことになる!」
「手は考えてある。他国より自分の国のことを心配しろ。帰れ、セラフィ」
同じ天使相手なのに、シエロの方はそっけない。
セラフィは、わなわなと震えると、ネーヴェをきっと睨んだ。
「……分かった。帰る!」
言葉と裏腹にセラフィの瞳は執念に燃えていて、帰る気がないことをうかがわせる。
彼女の烈火のような視線を受け、ネーヴェは腹に気合を入れた。
片や氷薔薇と呼ばれるネーヴェの冷気に満ちた視線と、炎のような天使セラフィの紅い熱視線が交わる。
困惑するシエロの前で、女二人は静かに闘気をぶつけあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます