第26話 お呼ばれ
新しい近衛騎士を採用した件をシエロに話すと、案の定、心配そうな顔をされた。
「正体不明の男を雇って大丈夫か?」
「シエロ様、お会いした時のご自分の姿を思い返してみてください」
「……」
出会った頃のシエロは、髭で顔を隠した胡散臭い男だった。その事を指摘すると、さすがに何も言い返せないようだ。
今日は、王城の敷地にある礼拝堂で会話している。
少し離れた場所で、シエロの配下の司祭や、ネーヴェの護衛の騎士たちが見ているので、節度を保った距離で向かい合って話している。ネーヴェは椅子に座っているが、シエロは壇上に立っていた。
「……そういえば、大聖堂の裏庭に、新しい葡萄の樹を植えるつもりだ。見に来ないか?」
分が悪いと感じたのか、シエロは話題を強引に変えた。
大聖堂の裏庭は、天使である彼の住居がある。
その住居の前には、シエロの友人だった初代国王が植えた葡萄の樹があるが、長い年月でカラカラに枯れてしまっていた。
枯れた葡萄の樹は、元が立派なだけに、目立って陰鬱な印象を見る者に与える。ネーヴェは、以前に彼の屋敷を見た時、その寂しげな雰囲気が気になっていた。
友人との記憶と共に、ずっとそのままにしておくのかと思ったが……
「では次の休みに、見に伺いますわ」
ネーヴェは快く誘いを受けた。
新しい葡萄の樹を育てる気になったのは、シエロにとって良いことだと思う。友人の思い出を捨てるのではなく、過去は過去として受け入れ前に進むつもりなのかもしれない。
事情を知っているネーヴェを呼ぶのは、彼なりの秘密の共有だろう。シエロの抱いている葛藤を理解できるのは、ネーヴェだけだ。
こうして、ネーヴェは休日、大聖堂に行くことになった。
実質、男の家にお呼ばれなのだが、シエロの正体を知らないと普通に礼拝に行くように見える。大聖堂は天使様の住まう聖なる場所なのだが、当の天使様が逢い引きに使うなど誰も想像できまい。
「護衛は誰がよろしいですか、陛下」
「そうね……」
お呼ばれ前日、ネーヴェは近衛騎士団長パウロに、護衛に連れて行きたい騎士の希望を聞かれた。
「フルヴィアは?」
「彼女は、明日は非番でございます」
「では、最近入ったヴィスで」
シエロ様を安心させる意味でも、引き合わせてみたらどうかしら。
試しにヴィスを指定してみた。近衛騎士団長も、行き先は大聖堂で危険は少ないし、新人の仕事として良いだろうと賛同してくれた。
しかし。
「……自分は他国の者で、天使を信仰していないので、聖堂に入るのは恐れ多い、とヴィスが申しております」
近衛騎士団長ごしに断られた。
女王陛下の指名を断るとは、胆力のある男である。近衛騎士団長も、冷や汗を流している。
氷薔薇と呼ばれるネーヴェなので、無表情だと怖いのだ。
「そう……」
ネーヴェは、怒っていなかった。
変な男だと思っただけである。
先日のノルベルトは邪心から手を抜いた仕事をしたが、今回ヴィスは宗教上の理由で断っただけで、ネーヴェの中ではクビにする要素はない。
「ではパウロ、一緒に来て下さい」
「かしこまりました、陛下」
近衛騎士団長パウロは、恭しく頭を下げた。
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