第25話 正体不明な男

「新しい近衛騎士が必要だと思うのよ」

 

 つい先日、ロスモンド伯爵の次男ノルベルトをクビにしたのだが、その補充人員がやってきたそうだ。

 

「フェラーラ侯グラート様の推薦ですよ。出身不明な若者ですが、なんでも道端で剣の勝負をして一本取られたから推薦したんですって」

「近衛騎士に推薦するのに、身元確認していないのですか?!」

 

 のほほんと言う侍女頭のディアマンテ。

 武を重んじるフェラーラ侯爵は、典型的な脳筋で、たまに変なことをする。しかし、一応身分の高い侯爵なので周囲も止めづらい。


「事前に私が面接したけど、受け答えはきちんとしていたわ。眼鏡を取ったら美形だと思うんだけど」

「イケメン好きな叔母さまの審美眼は侮れませんが、近衛騎士に眉目秀麗さは求めておりません」

 

 ネーヴェは一応、その近衛騎士に推薦された男と面会してみることにした。駄目だったら断れば良いのだ。

 こうして翌日、ヴィスと名乗る、その騎士がやってきた。

 ヴィスは黒髪を目深に伸ばし、瓶底眼鏡を掛けた、胡散臭い男だった。


「ヴィスと申します」

 

 そう言って一礼する動作は、目を見張るほど洗練されている。

 身元不明で、この所作。

 いかにも変装のような瓶底眼鏡。

 怪しい。

 怪しすぎる。


「フォレスタ出身では無いそうですが、どこから来たのかしら。名のある貴族の子息に見えるけれど」

「記憶喪失でフォレスタに辿り着いたので、出身は分かりかねます」

 

 絶対に嘘だろう。記憶喪失なら、なぜ顔を隠すような瓶底眼鏡をするのだ。

 ネーヴェは頬杖をついて考え込む。

 王城に顔見知りがいるのだろうか。隠さなければならない理由は一体……?

 男の正体に興味が引かれたが、そもそも女王としては、側近に怪しい人物を置く訳にはいくまい。そう言って近衛騎士団長あたりが止めなかったのだろうか。もしかして、常識人なのはネーヴェだけ?

 

「そうですか。ここまで来てもらって悪いけれど、出自の分からない者に命を預ける訳にはいきません」

 

 ネーヴェは断ろうとした。

 するとヴィスは、懐から何か取り出す。

 一瞬、刃物が出てくるのではないかと、広間に緊張が走った。

 しかし、男が取り出したのは、小さな香水の瓶だった。


「では僕の代わりに、サイプレスの木から作った香水を陛下に献上します。これは汗の匂いを消す特製香水です。これからの夏の季節、むさ苦しい男性に囲まれる陛下に置かれましては、こちらで少しでも涼を感じていただければと……」

「採用します」

 

 前言撤回。

 汗の匂いに気を使える男は貴重だ。

 ネーヴェは、自分の近衛騎士になくてはならない人材だと感じたので、ヴィスを採用することにした。


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