第17話 女王のペット

 聖堂の入り口に行くと、フルヴィアが待っていた。

 迎えの馬車に乗り込み、ネーヴェは王城に戻る。


「お忍びの間、陛下に何かあればと、気が気でなりませんでした」

「気苦労は察しますが、私も一人になりたい時があります」


 フルヴィアは心配を理由にさりげなく文句を言ってきたが、ネーヴェは護衛を撒いたことを堂々と正当化した。王という仕事は、いちいち周囲に気を使うと自分のやりたい事ができなくなる。そういうものだと、最近悟りつつある。

 

「お一人ですか? 聖下とご一緒されていましたよね?」

「そうですね。私も聖下も、他人の目を気にしなければならない立場の者同士、会話が弾むのですわ」

 

 色恋が絡んだ表現にならないよう気を付けながら、親しい仲であることを伝える。


「確か、陛下はリグリス州をお救いになった時も、聖下と一緒に取り組まれたのですよね。今も親しいご友人というのは納得できます」

 

 フルヴィアの見解は、周囲の人々の感想でもある。

 ネーヴェは、リグリス州で葡萄農家に貝殻の粉を配り、虫害から守った聖女として有名だ。

 貝殻の粉を配るのに天翼教会の手を借りたのだが、その伝手つてがシエロだというのは、関係者なら知っていることだ。

 シエロは表の身分は大司教として通している。正体は天使だが、表舞台で動くための偽りの身分を作り上げていた。もとは孤児で天翼教会に保護され、司教の推薦と天使様の寵愛で若くして大司教に成り上がったが、仕事に疲れて近年は田舎に引きこもっていたという経歴になっている。

 少し調べれば、シエロとネーヴェが戴冠まで親しく関わっていたことが分かる。

 

「陛下、市場で買っていらした品物を確認してもよろしいですか。御身を害するものがあってはなりませんので」

 

 王城に戻った後、フルヴィアと一緒に、手土産を広げた。

 その中には、例の雄鶏もいた。


「まあ! 陛下、この立派なニワトリは?!」

「柵から逃げ出したところを保護したついでに、引き取ったのです。ええと……この鶏冠とさかが妙に可愛く、食材にするのが惜しくなったので、ペットにしようかと」

 

 フルヴィアは何故かキラキラと眼を輝かせ、雄鶏をひしっと抱き込んだ。頬擦りでもしそうな様子だ。


「なんてモフモフでさらさらな羽心地……」

「それで、王城の畜舎に持っていって欲しいのだけど、聞いていますか、フルヴィア」

「なりません陛下! 畜舎になんか持っていったら、こんな立派なニワトリ、料理人に見つかって即解体されてしまいます!」

「え?」

「もしペットにされるなら、陛下の部屋で飼うのがよろしいかと! 私がお世話いたします!」

 

 国王の部屋で鶏を飼うだと……?

 そういうのは周囲が止めるものではないかしら。

 ネーヴェは、侍女頭のディアマンテをちらと見たが、彼女は雄鶏を見て「部屋に置いたら非常食になるかしら」なんて、ずれたことを呟いている。

 他の騎士や侍従やらは困惑しているが「陛下がどうしても飼いたいなら仕方ないな」という顔だ。

 良いの? あなたたち、本当に私が部屋で鶏を飼っても構わないのかしら?


「……数日、部屋に置いて様子を見ましょう。朝鳴きがうるさかったら、畜舎に連れて行きなさい」

「はい! 陛下、このニワトリの名前はどういたしますか?」

 

 ペットだから名前が必要らしい。

 フルヴィアに聞かれ、ネーヴェはあまり考えず答えた。


「チキンとか?」

『食う気満々かよ?!』

 

 雄鶏がじたばたしながら突っ込む。

 周囲も「それはないな~」という顔だ。


「……では、モップで」

 

 ふさふさの羽が床を払うさまを見て、ネーヴェは「モップみたいだわ」と思った。いざとなれば、この雄鶏を使って掃除しても良いかもしれない。

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