第18話 逃げるが勝ちですわ

 さすがに寝室で飼うのは論外なので、無駄に沢山ある国王の部屋の一つを鶏小屋に急遽改造した。

 雄鶏は朝鳴きを我慢したようだ。しかし、まったく鳴き声を出さないというのも難しいので、コケコケ鳴いてはいる。国王の部屋は広いので、寝室には鳴き声が届かない。部屋の中で鶏を飼えるのは王族の特権かもしれない。農家の庭の方が広いのは、置いておいて。


「ニワトリを拾ったそうですね」

 

 朝議の後、どこから聞き付けたのか、宰相のラニエリが声を掛けてきた。

 ネーヴェは、つんと澄まして答える。


「何か問題が?」

「いえ。何も問題などありません。人間を飼うより、ずっと可愛くて微笑ましい」

 

 ラニエリは真面目な顔で答えた。

 国王なら愛人を囲ったりするものなので、それと比べたら鶏を囲うのは許容範囲らしい。比較対象が鶏なのが、おかしいが。


「それよりも、大司教様と出掛けられたと聞きました。彼は、あなたに好意を抱いているという噂ですが、いったい何を企んでいるのですか」

 

 鶏の件は挨拶代わりで、本題はそちらのようだ。

 ラニエリは、ネーヴェに歪んだ恋心を持っている。戴冠する前にも、遠回しに求婚されたりしていたので、ネーヴェもそれを知っていた。

 嫉妬しているのだろうか。

 しかし、それにしても「何を企んでいる」とは引っ掛かる物言いだ。


「何も企んでおりませんわ」

 

 眉をしかめて答えると、ラニエリは手を振って下働きに退がるよう命じる。


「聖下が、あなたに懸想するなど、ありえないでしょう。確かに、あなたへの求婚者を減らすには、効果的かもしれませんが」

 

 シエロ様が私に好意を抱くことは、あり得ない?

 ネーヴェが戸惑っている間に、ラニエリが不機嫌そうに続けた。


「噂を流すよう、あなたから頼んだのですか? それとも、向こうから提案があったのですか? いずれにしても、聖下に頼らなくても、私に頼んで下されば良かったでしょう」

 

 ちょっと待って欲しい。

 ラニエリとの間に、微妙な認識のずれがあるように感じる。

 そのずれを放置しておいても良かったが、ネーヴェはラニエリの歪んだ恋心をもてあそぶほど豪胆ではない。


「……噂どおりだとは、考えないのですか?」

 

 額に手をあてながら、問い返す。


「私は、あの男の正体を知っているのですよ。どう考えても、あり得ないでしょう。人間では、ないのですよ」

 

 ラニエリの答えに、絶句する。

 種族が違うから、ラニエリの中では当然のように、恋敵から除外されているらしい。

 ただ、普通はそうなのかもしれないと思った。

 最初から天使だと知っていれば、彼が悲しんだり苦しんだりする普通の人間だと、想像も付かないだろう。


「……」

「ネーヴェ。私は、諦めていません。戴冠に賛同したのも、誰よりもあなたのそばにいられるからです」


 ラニエリの真摯しんしな言葉に、ネーヴェは心揺れる。

 手酷くはね除けるには、あまりにも誠実過ぎる言葉だった。

 受け入れることはできない。ネーヴェは既に心を決めている。

 だったら断るのが正しいのだが、ラニエリは仕事上のパートナーでもあるので、ここで気まずくなると政治がやりにくい。


「……私に気があるのなら、もっと清潔になさい。身だしなみに気を使わない殿方は論外ですわ」

 

 ネーヴェは誤魔化して一時撤退することにした。

 逃げるが勝ちとも、言うではないか。

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