第16話 お前も鳥類だろ!

『綺麗なお姫様、あんた、俺っちの言葉が分かるのかい?』


 雄鶏は、状況を理解したのか、ネーヴェを見上げて鳴く。


『それなら、俺っちをペットにしてくれ! 毎朝、夜明けと共に起こしてやるから!』

「騒音公害になりますわ……」

 

 食材にされたくないのか、雄鶏は命乞いを始めた。

 ネーヴェは、王城の畜舎に入るかしらと思いながら、横目でシエロを見る。


「聖堂で飼う訳にはいかないのですか?」

 

 シエロは腕組みした。


「俺はニワトリの世話はしない。飼うには飼えるだろうが、こいつの面倒を見る修道士が、食材にしようと思っても止められんな。ある日の食卓の皿にこいつが乗ってても、俺は気にせず食う」

『止めろよ! お前も鳥類だろ!』

「一緒にするな! 鳥頭のニワトリ風情が!」

 

 今すぐ食材にしてやろうかと、シエロは雄鶏の首根っこを掴んで揺さぶる。


「……というか、シエロ様はニワトリの言葉がお分かりですのね」

 

 さっきから自然に会話している。

 そして、雄鶏の方もシエロの正体に気付いているようだ。


「天使は、動物のみならず、自然に宿る意思の言葉を理解できる能力を持っている。まあ、普段はうるさいから意識して聞かないようにしているがな」

 

 シエロは雄鶏をぶら下げながら言った。

 確かに、いちいち食材になる動物の声を拾っていたら、ストレスになりそうだ。


「仕方ないですわね。王城に連れて帰りましょう」

 

 ネーヴェは、これも何かの縁だと、あっさり決断した。


「王城の畜舎に入れてもらって……私もニワトリの世話は出来ないので、料理人がうっかり食材にしても、分からないかもしれませんが」


 雄鶏は『どうあっても俺っちは食材になる運命なのか』と悲しみに沈んでいるが、逃げ出そうとしない。逃げ出しても、ネーヴェとシエロ以外の人間に見つかったら、即食材にされると分かっているようだ。

 ネーヴェは、雄鶏と露天で買った品々を、布袋に入れた。

 ちょうど、時を告げる鐘が鳴る。

 聖堂の敷地に、街の中で一番高い鐘楼があるため、鐘の音は王城で聞くよりも大きく鼓膜に響く。


「……もうそろそろ、時間だな」

「ええ」

 

 護衛と合流する約束の時間が迫っている。

 シエロは「ちょっと待て」とネーヴェを引き留め、地面に向かって手をかざす。


「シエロ様、何を―――」

 

 次の瞬間、庭の地面に変化が起き、ネーヴェは息を飲む。

 シエロの手をかざした先にある草むらから、ウズラの卵のような蕾を付けた茎がするすると立ち上がる。蕾はみるみるうちに割れて、中から半透明のレースのような真っ赤な花びらが幾重にも広がった。雛罌粟ポピーの花だ。


「一輪くらいなら、花の負担にならないからな。花祭りの土産だ。持って帰れ」

 

 奇跡を目の当たりにし、驚いているネーヴェに、シエロは花を摘むよう促す。

 ネーヴェは花を傷つけないよう注意しながら、みずみずしい茎を手折たおる。

 胸元に雛罌粟ポピーを持ち上げ、花より鮮やかに微笑んだ。


「ありがとうございます。とても嬉しいですわ」

 

 たとえ一輪でも、彼が自分のためだけに、わざわざ咲かせてくれたのだ。花畑以上に、価値がある奇跡だった。


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