第15話 ニワトリの命乞い

 困惑するネーヴェに気付き、シエロは「どうした?」と問いかけてくる。


「気のせいかしら。ニワトリがしゃべっているように聞こえて」

「なんだと?」

 

 シエロが険しい表情になる。

 雄鶏は鳴きながらネーヴェの隣を通りすぎようとし、追ってきた作業着エプロンの男に捕まった。


「まったく、元気なニワトリだぜ。さぞかし旨いシチューになることだろう」

 

 どうやら、男はこれから雄鶏をしめて料理するところだったようだ。

 男に鷲掴みにされた雄鶏は、ばたばたもがいている。

 

『だれか、助けてっ』

 

 普段は食材になる動物にいちいち同情しないが、人の言葉でわめかれると、哀れに思ってしまう。ネーヴェは、今にも殺されそうな雄鶏を見ながら困ってしまった。


「そのニワトリ、こちらで買い取って構わないか」

 

 シエロがするっと繋いだ手を放し、素知らぬ顔で男に話しかける。


「殺さないでくれ。生きたまま聖堂に持ち帰って、新鮮な食材として司教様に料理を差し上げたい。俺は今日の料理当番なんだ」

「ああ、聖堂にお勤めの修道士様なんですね! 司教様にうちの鳥肉を食ってもらえるなんて、光栄です」

 

 男はシエロの美貌に少しひるんだようだが、エリートの聖堂勤めならあり得ると考えたらしい。

 愛想よく笑い、手際よく雄鶏の足を縛って差し出した。

 シエロは懐から財布を取り出して、貨幣を支払う。

 こうして雄鶏は、生きたままネーヴェたちに買い取られた。


『ううっ、死にたくないよぉ』

「黙れ」

 

 じたばたもがいて鳴いている雄鶏に、シエロは一言、低く命じる。その言葉を理解したように、雄鶏はピタリと大人しくなった。


「移動するぞ」

 

 雄鶏を布袋に放り込み、シエロは元通りネーヴェと手を繋ぐと、聖堂の方向に歩き出す。


「ニワトリ以外にも買いたいものがあれば言え」

「そうですね……」

 

 聖堂への道中、ネーヴェは露天の店で羽ハタキや洗濯板を物色した。いくつか気になる品を購入した後、聖堂の裏庭の通用口から、シエロの顔パスで敷地に入る。

 裏庭で誰もいないことを確認し、ニワトリを地面にはなした。


『助かった……のか?』

 

 雄鶏は地面にうずくまって周囲を見回している。

 

「ネーヴェ、今もニワトリの言葉が分かるか?」

 

 シエロは渋面で聞いてきた。

 

「ええ……」

 

 状況がよく分からないネーヴェは、曖昧に頷くしかない。


「そうか……何故そのような、おかしな祝福が」

「シエロ様?」

「戴冠した王は、天使と契約したことになり、その影響で不思議な能力を得ることがある。役に立つ能力を得られるとは限らない。夜目が効くようになったなど、ささやかなものがほとんどだ。だから、あまり説明はしていないんだが」


 ネーヴェは、地面の上の雄鶏を凝視した。


「私の祝福が、ニワトリの言葉を解する力……?」

「……」

 

 シエロはそっと視線を逸らして、わざとらしく宙を見上げる。

 どうして、そんな変な能力になるのか、天使様を小一時間くらい問いただしたい。

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