第13話 あなたの心を教えて下さい
シエロと手を繋ぐと、まるで透明になったように、護衛たちの前を通りすぎて脱走できた。これも天使様の力らしい。
「こんな便利な力があるのに、なぜ
「四六時中、透明人間になっている訳にはいかないだろう」
シエロは「髭は必要だ」と力説するが、ネーヴェはもう彼に不細工な髭を伸ばさせるつもりはなかった。
せっかく綺麗な顔をしているのに、見せないのは勿体ない。でも、やっぱり他人には見せたくないような、複雑な気分だ。
「勝手に抜け出して、フルヴィアは怒るかしら」
「書き置きを残してきたのだろう。それに俺の配下のテオが、適宜フォローしてくれる。奴は、俺が天使だということを知っているからな」
ランチの席に、ちょっと抜け出してシエロと街をぶらつく旨の書き置きを残しておいた。夕方に聖堂の前で合流したいとも書いたから、大丈夫だろうと思う。後は、シエロの配下だというテオの機転次第か。
繋いだ手からは、シエロの温もりが伝わってくる。身を隠す力を発揮するには手を繋がなければならないと言われ繋いだが、意外に男女のデートらしくなってきた。農作業もしているシエロの手のひらは固いが、働き者の手だとネーヴェは好ましく感じている。
二人はオリーブ畑のある丘陵地帯を徒歩で下り、王都エノトリアの外縁部に到達する。
街に入ると、行く時にも馬車から見えた、花祭りの賑わいがネーヴェたちを出迎えてくれた。
「シエロ様は、花祭りの主役なのに、こんなところにいてよろしいんですの?」
花祭りは、天使が降臨した時に花畑が出来た伝説に由来する。
当のシエロに話を振ると、彼は顔をしかめた。
「ああ……あれは、未熟な頃の黒歴史だ」
「黒歴史???」
予想外のことを言い出したシエロは、気恥ずかしいのか視線を明後日に向けている。
「枯れた花一鉢だけ、甦らせるつもりが、制御をミスして花畑に……こんな祭りになるとは思ってもみなかった……」
「そうでしたか」
天使様もいろいろ大変だ。
同情していると、シエロは咳払いし、話題を変えた。
「お前こそ、花祭りの最終日は、王の宣誓があるだろう。口上は考えてあるのか?」
花祭りは春から夏にかけて、一ヶ月近く長い間行われ、その間王都では様々な行事が催される。
締めくくりとして、国王が豊穣の祈願を行うが、戴冠したばかりの王はそれに加えて宣誓を行う慣例がある。宣誓は、フォレスタの安寧を守り国を発展させるため、全力を尽くす事を国民の前で誓うものだ。
「口上と言っても……王城の書庫には、代々の王の宣誓文が残されていますので、それを参考にすれば良いだけですわ」
ネーヴェは焦ることなく、淡々と答える。
それを聞いたシエロは、何故か困惑した表情だ。
「なぜ書庫にあると……お前は、エミリオの婚約者だったな」
「ええ。殿下が頼りないので、補佐できないか、いろいろ調べておりましたの。まさか国王になって役立つと思いませんでしたわ」
もしネーヴェが王子の婚約者でなかったなら、国王の仕事はもっと大変だっただろう。王妃を目指して頑張っていたネーヴェは、王子の婚約者という特権を活かし、さまざまな知識を得ていた。まさか王妃ではなく王になるとは、想像もしていなかったが。
「……ここだけの話、エミリオが頼りなくても、お前さえくっつけておけば国は安泰かもしれぬと考えたことがある。俺はフォレスタの守護天使だからな。国の安定と発展を一番に考えてしまう」
シエロは複雑な表情で、裏話を吐露する。
「結局、エミリオもお前も望んでいないことを無理やりやらせても、どこかで歪みが生じるだろうと、婚約破棄は介入しない事にしたが」
では、畑で出会う前からシエロはネーヴェの事を知っていて、見守ってくれていたのだ。
ネーヴェは立ち止まり、シエロを見上げる。
「国のため……では、今私と共にいらっしゃるシエロ様は、天使としてではなくシエロ様として、私を望んでおられると受け取っても良いのですか」
好きという言葉を交わした訳ではなく、将来の約束もしていない。シエロとの間にあるのは、まだ何の形にもなっていない、不確かな関係だ。
一緒に引退しようと、シエロは言った。
その言葉の意味を、少しずつ明らかにしたい。
立ち止まった二人の間を、風が花びらを乗せて通りすぎる。
ややあって、シエロが口を開いた。
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