第11話 デートですわよ?

 今日は、シエロと約束したデートの日だ。

 公務を圧縮し、スケジュール調整した甲斐があり、一日自由にできる休日をもぎ取った。

 ネーヴェは朝から厨房キッチンに降り、お出かけ用のランチセットを手作りする。

 軽く焼いたパンを二等分し、間にたっぷり生ハムを挟みこむ。隠し味に、トリュフ風味のオリーブオイルを数滴。肉だけでなく野菜も食べたいので、香ばしいルッコラやトマトの輪切りも敷き詰める。柔らかいブッラータチーズも入れると、ほどよい酸味とクリーミーな味わいがプラスされる。

 食べやすい大きさに切ったパニーニと、レモン水の入った水筒をバスケットに入れた。


「これでよし。今日はよろしくお願いしますね、フルヴィア」

「はい、お任せ下さい!」

 

 護衛のフルヴィアと共に目立たない服装に着替え、王城の裏門から馬車に乗り込む。

 シエロとは、現地集合の予定だ。

 二人を乗せた馬車は、坂道を下って街の中を進む。

 貴人用の馬車は、分厚いカーテンで外からの視線を遮っているが、ネーヴェは街の様子が気になって隙間から外を眺めた。

 

「あら……石畳に花の絵が。花祭りの季節でしたね」

「はい。天使様降臨を祝う、花の祭りの最中です」

 

 石畳や店の壁に、チョークで色鮮やかな花が落書きされている。この時期だけは、大人も童心に返って壁に花の絵を描く。天使様が降臨した際に花畑が出来たという伝説を再現する祭りで、元は生花をばらまいたらしいが、生花を用意するのは大変なので絵を描くようになった。結果的に王都エトノリアの芸術祭として、有名になっている。

 馬車は、祭りで賑やかな街を通過し、いよいよ郊外の丘に近付いた。

 目的地に到着し、ネーヴェは馬車を降りる。


「シエロ様」


 本来花祭りの主役であるはずの天使様は、今日は地味な修道士の服装をしていた。

 オリーブ畑に立っていた彼は、ネーヴェに気付いて振り返る。


「待ちくたびれたぞ、ネーヴェ」

 

 乱雑にくくった長い金髪が、風にひるがえる。

 外見だけは溜め息が出るほど美しい男だが、なぜか無骨なくわを持っていて、土が衣服を汚していた。

 ネーヴェは、あえて彼に近寄らずに聞く。

 

「いったい、何をしているのですか?」

「暇だったから、オリーブ畑に肥料の馬糞をすきこんでいた」


 馬糞。道理で臭い訳だ。

 農作業の知識や経験があるネーヴェは、動物の糞が肥料となることも当然知っている。しかし、綺麗好きなので、この肥料を土に混ぜ混む作業は苦手だった。


「シエロ様、肥料を撒くのが終わったら、すぐに水浴びに行きましょう」

「? そんなに匂うか?」

 

 くんくんと、自分の腕を嗅ぐシエロ。

 天使様は、身なりや清潔さに無頓着だ。

 石鹸と香水を常備していて良かったと、ネーヴェは心から思う。まずは、天使様を洗わないとデートが始まらない。

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