第9話 デートはどこに行く?

 礼拝堂に入ると、正面の祭壇の前に立つ男が目に入る。

 今日のシエロは、大司教としてよそ行きの格好をしている。白い内着アルバの上に鮮やかな空色の司祭衣カズラを羽織り、金糸の刺繍入りの肩布ストラを掛けた正装だ。

 窮屈が嫌いのようで少し着崩しているが、それでも自然と滲み出る神聖なオーラを隠せていない。尊大ではあるが傲慢には見えず、気高く厳格で、弱きを助け強きを挫く正義の象徴に見える。

 その姿に一瞬見惚れたが、シエロの言葉で我に返る。

 

「よく来たな、女王陛下」


 礼拝堂には、護衛で付いてきている女性の近衛騎士フルヴィアと、宮廷付司祭アドルフがいる。二人きりではない。


「ちょうど、こちらから声を掛けようかと思っていたところだ。お前の命令で、郊外に植樹したオリーブの様子が気にならないか?」

 

 第三者が聞いているので、シエロはやや距離を感じさせる物言いをしている。それでも、敬語は使わない。王に冠を授ける大司教は、聖職者の頂点に座す者の特権として、王に頭を下げる必要が無いからだ。

 それにしても、オリーブ……。

 石鹸を作りたいがために、王城内の庭園と、郊外にある丘に、オリーブを植樹したのだった。忙しくて、すっかり忘れていた。


「共に見に行かないか?」

「!」

 

 例のデートの件を、改めてシエロから提案される。

 その堂々とした誘いに、ネーヴェは少し呆気に取られた。


「戴冠してから城に詰めっぱなしだろう。気分転換になるはずだ。オリーブ畑を見た後は、茶を飲んで休憩するなり、お前の行きたい店を巡るなりすれば良い。俺も付き合う」

「良いのですか、野菜やほうきを買いに行っても」


 女性らしく服飾の店が良いかと思案していたネーヴェだが、実際にシエロの前に立つと、素直な本音がポロリとこぼれた。


「もちろん。お前は元々、ドレスや宝石より、そういったものが好きだろう」

 

 シエロは甘い声で答えてくれる。

 その美しい顔面に浮かべた優しい微笑の威力たるや。


「はぅっ」

 

 後ろで護衛の近衛騎士フルヴィアが胸を押さえて呻いた。

 そのおかげで、ネーヴェは我に返った。

 

「大丈夫?」

「す、すみません、陛下。聖下のご尊顔が、あまりに眩しかったもので!」

 

 フルヴィアが護衛失格だと恥じ入っている。

 ネーヴェは彼女の背を撫でながら、シエロを睨んだ。


「公共の場ではわきまえていただけますか」

「悪かった。加減が難しくてな」

 

 自分の顔面の威力が分かっているらしいシエロは、理不尽なネーヴェの指摘に反論することなく謝罪する。

 しかし、続けて言う。


「だが遠回しにしても、あまり効果が無さそうだからな。お前相手には、明確に好意を伝えた方が効果的なようだ」


 その言葉に、苦しんでいた護衛の近衛騎士フルヴィアが、くわっと目を見開き、シエロを見る。


「恐れながら! 大司教聖下は、女王陛下に好意を持っておられるのですか?!」

「ああ」

 

 しれっと頷くシエロに、フルヴィアは口から魂が抜け出たようになった。

 ネーヴェは溜め息を吐く。


「公表はしない、と仰っていたではありませんか」

「お前の気持ちは、無論、公表しない方が良いだろう。しかし俺が一方的に好意を持っているという話は、広めておいた方が良い。虫除けのためにもな」

 

 シエロは真面目な顔に戻り、淡々と言う。

 虫除け?

 きょとんとするネーヴェに、脇で見ていた宮廷付司祭アドルフは「なるほど」と苦笑して、何故か分かっている風に頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る