第8話 女王陛下のお通りです

 シエロの奇襲があった夜が明け、ネーヴェは公務の傍ら「デート」をどうするか思い悩んでいた。

 行きたい場所と言われても……市場で掃除に使えそうなものはないか見て回るのに、シエロを付き合わせて良いものか。

 やはり、女性らしく服飾品の店に行った方が良いだろうか。

 王都にある、ドレスや宝石の有名店を頭の中でリストアップしながら、城内にある礼拝堂を目指す。

 王城の敷地には、天翼教会の礼拝堂が設けられている。

 政務には直接関係しないが、儀式をする時は礼拝堂が必要だ。定期的に礼拝ミサを行い静心を説くほか、急病人が出た時は礼拝堂に隣接する施設で応急処置をする。いわば医務室の代わりにもなっている。


「今日はシエロ様がいらっしゃっているはず……」

 

 実は、ネーヴェは戴冠してから、まだ二回しか礼拝堂に行ったことがない。忙しいのもそうだが、神聖な教会で二人きりで会うというのが、なんだか背徳的でいたたまれない気持ちになるからだった。

 そのような訳で、せっかくシエロが王城に来てくれているというのに会う回数が少なく、じっくり話し合う機会もない。

 そう考えると、シエロが痺れを切らして奇襲を掛けてきたのも、分からなくもなかった。


「確かに、本当にシエロ様と一緒に生きていくのであれば、忍んでなどいられないのだわ……」

 

 ネーヴェはしずしずと廊下を歩きながら、胸に手をあてて考える。

 新女王と大司教が男女の仲で、城内や聖域内で淫らな行為をしていたとすっぱぬかれるとスキャンダルになる。

 しかし、ネーヴェは正式な王が決まるまでの代理王のつもりなので、失脚しようが、あまり痛手はない。実家であるクラヴィーア伯爵は小心者で野心が無いので、娘が王族でなくても構わないのだ。むしろ胃潰瘍になるので、王様なんぞ辞めて帰ってきて欲しいと言っている。

 つまり、あとはネーヴェの気持ち次第、ということだ。

 覚悟を決めて、堂々とシエロと会おう。

 そう意気込んで礼拝堂の前に行ったのだが。


「……なんですか。この待ち行列は」


 閉鎖された礼拝堂の扉の前で、兵士や侍女が並んでいる。

 見ている間にも行列の後ろに並ぼうとする者がおり、若い修道士が番号札を配って彼らをさばいていた。


「ああ、本日は大司教聖下がいらっしゃっているからですね」


 本日の護衛である近衛騎士のフルヴィアが、ネーヴェの疑問に答えて言う。

 

「大司教聖下は大変美しい方ですが、容貌だけでなく人望もあるようです。告解をすれば、たちどころに悩みを解決してくれるのだとか。普段は宮廷付司祭のアドルフ様が取り仕切っておられますが、たまに聖下が直接、告解を受付するそうです。その幸運を得ようと、彼らは長蛇の列を作っているのです」

「……」


 天使だと正体を明かした訳ではないのに、大人気だ。

 だんだん髭で顔を隠して田舎いなかに引きこもっていた理由が分かってきた。

 帰ろうかしら。

 ネーヴェは、待ち行列を見て柄にもなく怖気づいた。


「あ、女王陛下!」

 

 こちらに気付いた宮廷付司祭アドルフが小走りで近づく。

 アドルフは若い男で、陽気な性格が見た目に現れている。公式な場ではかしこまった物言いだが、すぐに崩れた口調になってしまうのだ。


「聖下がお待ちですので、ささっ、中へ!」


 待ち行列を作っていた人々が目を丸くしてネーヴェを見、しかし無言で場所を開けて女王が通る道を作る。

 帰るに帰れなくなったネーヴェは、アドルフに導かれるまま、礼拝堂の扉をくぐって中に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る