第72話 私の好きにさせて頂きますわ

 壇上のシエロは頬杖をつき、機嫌よさそうに口の端に笑みを浮かべている。

 どこまでが、この男の策略なのだろう。フォレスタが小国ながら、百年以上、帝国からの侵略を退け平穏に独立を保っているのは、間違いなくシエロの暗躍によるものだ。


「さあ、どうする、氷薔薇姫?」

 

 問われたネーヴェは、彼に負けないよう胸を張って答えた。


「皆様、安易に次期王位を決めすぎですわ。その場の雰囲気で、私のような小娘に決めるなど、正気とは思えません」

「だが、すぐ次の王を決めないことには、政治を動かせぬな。魔術師の件が明るみに出て、エルネストの支持率も落ちている。次の王を決めるまで、政治中枢は麻痺したまま、民は五里霧中の心地を味わうだろう」

 

 シエロが淡々と言う。

 表舞台に立たない天使の癖に、国王や宰相を代弁したかのような物言いだ。悔しいが、彼の言うことは真実だろう。


「でしたら、次の王を決めるまでの繋ぎであれば、私の名前を使ってもよろしいですわ」

 

 ネーヴェは、氷薔薇姫の名前にふさわしく、堂々と、大輪の薔薇のように女王の矜持をまとわせながら宣言する。


「私は聖女ではありませんが、民衆は聖なる乙女による清らかな政治を望んでいるのでしょう。ええ、よろしいですわ。フォレスタの王にふさわしい人物が現れるまで、代理で王位について差し上げます!」

 

 せめてもの嫌がらせに、偉そうに言ってみたが、逆効果だったようだ。

 アイーダは感動しているし、グラートとラニエリも感嘆している。シエロも満足そうだ。間違ったわ、いとけない気弱な姫を演じるべきだったかもしれない……。


「では、氷薔薇姫。代理とは言え、王位に就く訳だが、何かやりたいことはあるか?」

 

 シエロがニヤニヤと面白がっている風に聞く。

 ネーヴェは気に入らないと彼を睨み返すが、それが逆に彼を喜ばせていると知らない。


「今回の魔術師の件、我が国は魔術について正しい知識を持っている者が少ないことが露呈しましたわね。あんな胡散臭い男を宮廷に招き入れる前に、正しい魔術の知識を持つ者を呼んで官吏を啓蒙し、魔術による防備を固めるべきです。そうすれば天使様の負担も減るでしょう」

「お姉さまの言う通りですわ! 魔術の国アウラと交換留学できないか、政策を検討しましょう!」

 

 アイーダが嬉しそうに両手を合わせ、声を上げた。


「また、虫の魔物による食害で作物が減ったのが大きな痛手でしたが、我が国は食料自給率が高くて自前で賄えるのがメリットであり急所でもあることが分かりました。もう少し輸入を増やしても良いのではありませんこと?」

「……輸出入の数字を上げる努力をします」

 

 ラニエリがむっつりした顔で言う。

 なぜかグラートが子供のようにはしゃいだ様子で、手を上げて発言した。


「戦争して帝国から富をぶんどろうぜ」

「戦争はいたしません」

「ちぇー」

 

 戦闘狂なのだろうか。ネーヴェはこめかみに指をあてる。

 彼を暇にしたら、ろくなことが無さそうだ。


「……帝国ではなくて、もっと別な小国で、介入すればフォレスタに益のありそうな戦いならよろしいですわ。探して下さい」

「よっしゃ、うけたまわる」


 グラートは喜んで頷く。なんとも手のかかることだ。

 当面さしあたっては、これで良かろうと、ネーヴェは一旦口をつぐむ。

 それにしても、もう結論が出たので、お開きにしても良いのでは? と思う。こんな豪華な面々が一同に会する機会はそうないだろうが、全員集まると護衛も大変そうだ。先ほどから近衛騎士が胃に穴が空きそうな顔をしているではないか。

 しかし、閉会をうながす前に、シエロが駄目押しのように言う。


「それだけか? 他には?」

「王都にオリーブを植えてください」

 

 ネーヴェは疑問符を浮かべる面々を見渡し、つんと顎を上げて言う。

 ただ一人、シエロだけが分かっている風に笑っている。


「私の趣味ですわ。オリーブを植えて、石鹸を作るのです。皆様の我儘を聞いて王位に就くのですから、そのくらいの趣味は許してくださるでしょう?」

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