私の天使様

第73話 天使様が夜這いですか

 仮にも王位につくと決まったネーヴェは、宿で休ませてもらえなかった。

 御身に何かあれば困るということで、王城に引っ越せと急かされる。当然、今はフォレスタ国王が住んでいる訳だが、妃やエミリオは離宮で好き勝手しているし、部屋が空いていないということはない。

 追い出される側の国王は、弱った様子で顎をさすった。


「むむ……ネーヴェ姫も、いきなり王城は肩身が狭かろう」

「私、王城は嫌ですわ」

 

 現国王もネーヴェも引っ越しを渋ったが、ここでシエロが暴言を吐いた。


「エルネスト、お前はさっさと王城から出て行け。空気の旨い田舎で暮らせば薬を飲まずとも頭痛は治る」

 

 俺様シエロ…いや天使様以外、誰がここまでスパッと切り捨てられるだろう。

 こうしてネーヴェは内心「住む前に城を掃除したいですわ」と思いながらも、取り急ぎ手荷物と護衛にカルメラを伴い、王城に移動した。

 クラヴィーアからついてきてくれた臣下団は、事情を話して一旦クラヴィーアに帰ってもらうことにした。彼らには国王からの書状と、ネーヴェの手紙を託した。クラヴィーアに罪科ないことが証明されたのは喜ばしいが、娘が暫定国王になると知ったら、父である伯爵は泡を吹いて倒れそうだ。

 ネーヴェは国王と同じ城の上層にある、王族が住む一室に案内された。

 

「大丈夫、姫?」

「ちょっと急展開すぎて、眩暈めまいがしますわ」

「休んだ方がいいんじゃない」

 

 王族を護衛する近衛騎士を紹介されたが、今は信頼できるカルメラがそばにいてくれることが有難い。

 ネーヴェは彼女に甘えて、早めに休むことにした。

 しかし、慣れない場所で緊張したのか、不意に夜半に目が覚めた。目を閉じても睡魔が訪れないので、起き上がる。

 何となく外の空気が吸いたくなって、バルコニーに出た。

 夜空に浮かぶ満月を見上げる。


「……眠れないのか」 

 

 静かな男の声がした。

 ふわりと風が吹き、バルコニーの手すりを乗り越えて、軽やかに片翼の天使が舞い降りる。

 シエロは先日のように、白い翼を広げていた。そうやって翼を広げると、彼が天使だと実感する。月光を浴び、白い翼は淡く輝いている。

 その幻想的な姿に、ネーヴェは瞠目する。

 だが、すぐに現実的な思考が戻ってきた。


「シエロ様。翼を持っていて飛び放題とはいえ、殿方が夜に女性の部屋を訪れると、夜這いと間違われましてよ?」

 

 人外の天使だから、やたら綺麗な一場面に見えているが、やっていることは普通に犯罪行為である。

 シエロは不敵に笑んだ。


「もとより、夜這いのつもりだが?」

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