第70話 王位の行方

 次代の王候補を擁立ようりつし、聖堂に連れてこい……それがシエロ、もとい天使様の命令だったらしい。国王とマントヴァ公、侯爵家は勿論その事を知っているが、一般庶民は知らない話だ。ネーヴェも、ラニエリやアイーダから聞いてはじめて知った。

 余計に私がここにいる意味は? とネーヴェ自身疑問に思ったが、黙ってことの推移を見守ることにする。


「フェラーラ侯グラート、お前はどうだ?」

 

 シエロに聞かれたグラートは、渋い顔をした。


「俺…私自身は、王になりたいとは思いません。前線で戦いたい方なので。王になったら、後ろに引っ込めと言われるでしょう」

「なるほどな。なら、フェラーラ侯爵家は、候補を出さないか?」

「考えさせてください。少なくとも、冬を越えて春になるまでは待っていただきたい。南の領民は魔物の災厄で田畑を失い、飢えているのです。王どころではありません」

 

 グラートの回答は明確だった。

 それにしてもフェラーラ侯爵家は、謀略を好まない気風のようだ。野望ある貴族なら、息のかかった王を擁立し、自分の領地や家に有利なよう計らうだろうに。


「ラニエリ……次期マントヴァ公の答えは変わらないか?」

 

 シエロはグラートの答えに頷き、ちらとラニエリを見た。

 ラニエリは陰気な顔で座っていたが、仕方なくといった感じで口を開く。


「父の不始末をお詫びし、当家は次期王の選出にくわわりません」

 

 三大貴族のうち、二つの家が回答した。

 残るは……


「お待ち下さい天使様」

 

 国王エルネストが割り込んだ。


「私の妹が他国に輿入れしており、その息子がおります。呼び寄せてよろしいでしょうか」

「ほう」

「やはり、伝説の初代王の血筋から次期王が現れたほうが、民も安心するかと。ラニエリ、賛成してくれるな?」

 

 エルネストは幼い王の後見人に収まり、親戚のマントヴァ公と共に引き続き権力を握るつもりなのだ。

 露骨な野望に、その場の面々はざわめいた。


「ふざけるな」

 

 真っ先に怒りの声をあげたのは、短気なフェラーラ侯グラートだ。


「それでは代替わりする意味がないだろう! もし、そんなことをするなら、フェラーラ侯爵家は断固抗議する」

 

 強い……ネーヴェは、フェラーラ侯の態度に改めて驚きを覚える。北のサボル侯爵家も、王家に膝を折らぬと公言しているが、フォレスタの侯爵家は皆だいぶ自由なようだ。

 気になってシエロを見れば、彼は口の端に満足そうな笑みを浮かべている。それを見て、シエロがこのフェラーラ侯の態度も折り込み済みなのだと、ネーヴェは悟った。


「まあ待てフェラーラ侯。確かにエルネストの言う通り、初代王の血族で代替わりした方が、民は安心するかもしれん。だが、何も他国から幼い子供を連れてくることはあるまい……エミリオよ。どうだ、返り咲きたい気持ちはあるか?」

 

 シエロは唐突に、固い表情で突っ立っているエミリオに話を振った。

 次期王位うんぬんは、エミリオの失脚から始まった話だ。

 まさか王位継承者を剥奪させた天使本人が、その王位を戻すようなことを言うとは思わず、皆驚いてエミリオを見た。

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