第69話 さあ、答えを聞かせてもらおうか

 村でアイーダとグラートと合流した後、後始末は兵士たちに任せネーヴェたちは王都に戻ることにした。


「そういえば、お父様の名代として、聖堂に行く用事がありましたわ」

 

 シエロは落ち着いたらアイーダと聖堂に来るよう言っていた。

 そのことをアイーダに相談すると、彼女はあっさり「では共に参りましょう」と言う。


「お姉さま、ご存知ですか? 天使様は、我々、侯爵家に次代の王を選べと仰っているのです。自分が立候補するか、候補を擁立ようりつするか……いずれにせよ、一度は聖堂に行く必要があります」

「サボル侯爵はどうするつもりですか……いえ。部外者の私が聞くことではありませんね」

「話せとお命じになれば良いのに。私は、氷薔薇姫の忠実な配下でしてよ」

 

 アイーダは妙に上機嫌でそう言うが、ネーヴェは嫌な予感がしたので突っ込んで聞くのを止めた。


「それにしても、お姉さまの知り合いの司祭が、天使様の仮の姿とは驚きましたわね」

 

 古城から逃げる際に、グラートやカルメラをはじめ、殿しんがりの兵士がシエロの正体を目撃していた。

 ネーヴェたちと一緒にいた護衛の兵士たちは、いずれも侯爵家の側近なので口が固い。見たものをそのまま言いふらさない分別はある。しかし、同行した仲間うちで話すことは止められない。

 今は、アイーダもグラートも、シエロが天使だと知っている。


「侯爵以上ともなれば、聖堂に出向いて天使と謁見する機会があると、お父様から伺っていました。しかし、こんなに早くお会いするとは思ってみませんでしたわ。お姉さまは、どうやって天使様とお知り合いに?」

「……」

 

 葡萄畑で出会った件は、話しても大丈夫なのだろうか。

 髭で顔を隠して漫遊していたことも、天使の名誉のために、黙っていた方が良いかもしれない。

 知りたがるアイーダを適当に誤魔化しながら、王都へ向かった。

 そうして、王都に戻ったネーヴェは、驚くべき噂を耳にした。


「ラニエリ様が、父であるマントヴァ公の不正をあばいた……?!」

 

 王都は、失脚したマントヴァ公の噂で持ちきりだった。ラニエリも自主的に謹慎し、今フォレスタの政治中枢は麻痺している状態だ。

 いったいこれからどうなるのだろう。

 古城で魔術師を倒してから数日後、ネーヴェは不安と期待を胸に、アイーダと共に聖堂を訪れた。




 以前に聖堂を訪れた際は、シエロの住む裏庭に通された。

 しかし、今回はサボル侯爵の名代であるアイーダと共に来たためか、聖堂の一番大きい広間がある礼拝堂に案内される。礼拝堂は長椅子が幾列も並び、中央の通路には深紅の絨毯が敷かれている。天窓から射し込む光で、内部はとても明るい。

 礼拝堂の正面奥、壇上に設置された天使像の前には、玉座のような椅子があり、なぜかシエロがふんぞり返っている。いや、天使様なのだから、天使像の前にいるのは間違いではないのだが。

 

「お。ネーヴェ姫も来たのか」

「グラート様……それに」

 

 出入口付近に立つグラートが、片手を上げて挨拶してきた。

 ネーヴェは視線を通路を挟んだ反対側に移し、そこに陰気な顔をした男が座っているのを見た。

 

「ラニエリ様も」

 

 そして、シエロに一番近い位置に、なんと国王とエミリオがいる。

 ネーヴェは驚いたが、すぐに冷静な思考を巡らせる。

 天使をのぞけば最高位の国王に、まず挨拶すべきだろう。

 アイーダも同じ考えなのか、さっと進み出て国王の前にひざまずき、挨拶をしている。ネーヴェも一歩遅れて並んだ。


「……よい。本日は、非公式だ。それに、ここは天使様のいらっしゃる聖堂。ここでは、天のもとに皆、平等だからな」

 

 国王エルネストは、アイーダとネーヴェの挨拶に応えて言う。

 かたわらのエミリオは固い表情で何も言わない。

 それにしても、これは一体どういう集まりだろうか。

 国王と王子。宰相ラニエリ。北のサボル侯爵の娘アイーダと、南のフェラーラ侯爵グラート。そして、元王子の婚約者ネーヴェ。身分の高い面々がそろっているので、護衛がそれぞれ数名ずつ同行している。広い礼拝堂も、少しばかり手狭だ。

 皆、息を飲んで主催であろうシエロを見上げる。


「……揃ったな」

 

 壇上で偉そうにシエロが言葉を発した。


「俺は先日お前たちに、次代の王を選出するよう言った。別々に聞くのは面倒だから、まとめて回答を聞くため、お前たちをここに呼び寄せたのだ。さあ、答えを聞かせてもらおうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る