第65話 油断大敵

 古城には昔の地下牢が残っていて、さらわれた人々は、そこに囚われているそうだ。逃げてきた男性は、雇われのゴロツキのような男たちが、魔術師らしき男に従うのを目撃したという。

 フォレスタ内部に、邪悪な魔術師を手引きしている者がいることは、確実なようだ。それがマントヴァ公であれば辻褄が合うが、ネーヴェとしては何故国を傾けるような事をするのか疑問に思う。

 魔物の虫を放って、いったい誰が得をするのだろう。

 

「相手が人間であれば、恐るるに足りんな」

「ちょっと、虫除けを用意したお姉さまへの感謝が足りませんわよ!」

 

 途中で襲いかかってきた傭兵を、グラートが難なく峰打ちにして捕まえている。荒事になると、やはり南の武闘派フェラーラ侯の助力は素直にありがたい。

 ネーヴェたちは、貝殻の粉を虫除けにしながら、古城に入り地下牢を目指した。万が一のために、とっておいた少量の貝殻の粉が、今はちょっとした命綱だ。


「助けに来たぞ!」

 

 見張りを倒して、牢屋の扉を開けると、囚われの人々から歓声が上がる。


「エミリオ殿下が、見当たりませんわね」

 

 もしいるなら、一緒に捕まっているだろうという予想は外れた。

 松明たいまつを持って牢屋の中を覗き込もうとすると、シエロが「どこへ行く?」と足早に近寄ってくる。


「ここは危険な場所だ。俺から離れるな」

「過保護ですわね」


 ネーヴェは立ち止まってシエロを待った。


『……恐れを知らぬ侵入者どもめ』

 

 松明の炎が大きく揺らめき、生暖かい風が吹いた。

 不気味な老人の声が、どこかから木霊こだまする。


『そのような粉程度で、身を守ることができると、本当に考えているのか。実に無知蒙昧! 田舎の小国は、これだから容易たやすい!』


 敵はどこにいるのだろう。見回しているネーヴェの隣で、剣を構えていたカルメラが、不意に地面を見た。


「姫!!」

 

 松明が照らし出した影が、生き物のように手を伸ばし、ネーヴェを捕らえる。カルメラが剣を振るって影を切ろうとするが、影は存在しないもののように剣先をすり抜ける。

 ネーヴェは抵抗する余裕もなく、影に引きずり込まれた。

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