第59話 ヤバいものを見つけてしまいましたわ

 つねづねネーヴェは思っている。

 何故、片付けない人が多いのか、と。

 整理整頓を怠けていると、どこに何があったか分からなくなる。必要になった時、探し出すのに苦労し、貴重な時間を無駄にする。

 必要なものが、必要な時にすぐ取り出せる。

 それだけで多くの物事が楽になるのだ。


「とは言ってものぅ。今から掃除は」

「有事の際に、すぐ剣を持って戦えるようにするのですわ」

「……よし。やろう」

 

 戦好きの祖父と孫は、ネーヴェの言葉に同意してくれた。

 

「ものは言いようだな……」

「シエロ様は、手伝ってくれませんの?」

 

 呆れているシエロをちらと見上げる。

 すると彼は「馬鹿を言え。女にばかり力仕事をさせられるか」と不敵な笑みを浮かべる。

 さりげなく護衛として同行していたカルメラが、大笑いして言った。


「シエロの旦那、男前だね! バルド様、武器庫はどちらに? 私どもも手伝います」

「私たちも……」

 

 バルドの屋敷の侍女たちも手を上げる。

 皆でぞろぞろ武器庫に向かった。

 侯爵の家は広く、武器庫は別の専用棟となっている。その前まで来ると、老人は何故か迷う様子を見せた。

 

「開けても大丈夫かのぅ……」

「?」

 

 グラートが「開ければ良いじゃねえか」と無造作に扉を開けると、中から古い槍の柄が押し寄せてきた。

 はみ出した武器の山がなだれ、グラートが下敷きになる。


「……」

 

 ネーヴェは深呼吸した。

 これは中々取り組みがいのある大きな山だ。


「皆さん! まずは庭にすべて武器を運び出しましょう。空いている箱を持ってきて下さい! 武器の種類ごとに仕分けるのですわ!」

 

 こうして大掃除が始まった。

 グラートが言った通り、武器庫の中身は、武器と言っても古道具ばかりで、まともに人を斬れそうなものは少ない。折れた剣や、刃のない鞘だけ、というものが大半を占めている。武器収集という物騒な趣味でも、大目に見られているのは、そのせいかもしれなかった。


「爺様、これは」

 

 嫌そうな顔でガラクタのチェックをしていたグラートが、何か見つけたようだ。

 それは鞘に入った長剣だった。

 立派なこしらえの鞘で、すっと剣身を抜き出すと、刃が青白い光を帯びる。


業物わざものじゃねえか」

「それは昔、天使様からたまわった宝剣じゃな」

 

 バルドは懐かしそうに言った。


「国乱れ、守るべきものがフォレスタに見つからなくなったら、これで自分をしいせよと天使様が仰ったのだ。もちろん、使う機会は無かったがの」


 天使様、つまりシエロが「自分を殺せ」と言って渡した剣とは、なんとも不穏な。

 驚いてネーヴェが視線を投げると、シエロは素知らぬ顔をしていた。ここで正体を明かす気はないのだろう。


「……爺様、これ俺がもらって良いか」

 

 グラート侯が真剣な表情で剣を見つめ言う。


「もちろん、構わんよ。どうせワシが死んだら、この武器庫の中身は全てお前のものじゃからの」

 

 バルドは快く承知する。

 そのやり取りを聞いて、ネーヴェは不安になった。フェラーラ侯は反乱を起こそうとしているという噂がある。それが本当なら、ネーヴェの大掃除で見つかった剣が、シエロに向けられるかもしれないのだ。

 しかし、もちろんグラートはそんなネーヴェの不安には気付いていない。

 鞘に剣を収めると、立ち上がった。


「よし……だいぶ片付いてきたな!」

 

 彼の言う通り、大人数で手分けしたため、思ったより早く片付いている。

 残るは、天井近くまで積まれた棚の整理だ。

 ちょうど侍女が踏み台を持ってきて、上に載せてあるバスケットを取ろうとしている。バスケットの中身は、鋭い金属の破片らしい。キラリと反射光が垣間見えた。


「危ない!」

 

 バランスを崩した侍女が踏み台から仰向けに倒れる。

 侍女の指先はバスケットを引き出そうとしていた。

 このままでは、引き出されたバスケットが空中に金属の破片をぶちまけ、下にいる侍女が怪我をしてしまう。

 ネーヴェは近くにあった弓矢を咄嗟に引き寄せ、射った。

 ひゅんと飛んだ矢が、バスケットの持ち手を通過し、壁に突き刺さる。長い矢の柄が、バスケットの持ち手を受け止め空中に縫い止めた。

 

「大丈夫か」

 

 シエロが侍女を後ろから支えている。

 何とか事故を避けられた。

 額の汗をぬぐうと、グラートが「すごい!」と興奮した声を上げる。


「お前、名前はなんという?!」

 

 今まで知らずに掃除させてたんかい?! とネーヴェ含め誰もが心の中で突っ込んだ。しかし、現フェラーラ侯爵の面子めんつを守るため、誰も口に出して突っ込めない。

 グラートは子供のようにはしゃぎ、ネーヴェに詰めよった。

 ネーヴェはのけぞりながら答える。


「……クラヴィーアの娘、ネーヴェと申しますわ」

「ネーヴェ! お前のように弓達者な女は、初めて会った! 俺と結婚してくれ!」

 

 突然の求婚に、ネーヴェは呆気に取られた。

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