第58話 思い付いたが吉日ともうしますわ
先代フェラーラ侯バルドは、ネーヴェたちの訪問を快く受け入れてくれた。
バルドは白髪交じりの老人だ。若い頃は戦場で駆け回ったそうだが、今は杖をついてのんびり歩いてくる。
「久しいな、氷薔薇姫。おお、そしてそちらの方は」
訪問がネーヴェだけでないことに気づき、バルドはシエロを見た。
以前に旅館経営していた時は、シエロは髭面で農民と大差ない服装だった。今は簡易とは言え上等の司祭衣を羽織り、髭を剃った綺麗な顔だ。
はたして同一人物と気付くだろうか。
老人が何を言いだすかと、ネーヴェは一瞬緊張した。
「……誰でしたかの?」
どっと空気が緩む。
当のシエロも、苦い表情だ。
「俺は聖堂の司祭だ、バルド翁」
「そうですか。どうも見覚えがあるような気がしたのだが……」
髭をしごきながら、バルドは一瞬するどい視線をシエロに送った。もしや綺麗な方のシエロを見たことがあるのだろうか。
シエロは飄々とした表情で、懐疑の視線を受け流す。
老人はそれ以上突っ込まなかったので、ネーヴェは挨拶の続きをすることにした。
手土産を渡し、バルドはその葡萄の菓子を喜んで受け取る。そうして、本題に入ろうとした時。
「爺様!」
扉を勢いよく開け、若い男が応接室に踏み入ってきた。
「こら、グラートよ。お客様がおるのじゃぞ」
「それどころではないのです! 俺の剣をどこへやったのですか?!」
体格の良い、獰猛な獣のような雰囲気の青年だった。
見事な白髪は老化のためではなく、彼が古の南の部族の血を引く
現フェラーラ侯グラートだ。
まさか、ここで会うとは思いもしなかった。
グラートはネーヴェたちを見もせず、祖父に詰め寄って訴える。
「一年前にお会いした時、俺の可愛いダガーちゃんを預けましたよね? どこへやったのです?!」
「武器庫に入れて……無かったか?」
「武器庫は見たのですが、見つかりませんでした。爺様、気になったからと骨董品の剣やら盾やら買い漁らないでください! 刃がつぶれたなまくらばかりではないですか」
「何を言う。古いものには、歴史やいわくがあってだな。例えばマルヤ戦争で使われた刀剣は……」
「
ネーヴェは黙って話を聞いていたが、らちが明かないので両手をパンと打ち鳴らした。
「そこまで! バルド様、グラート様。私たちを忘れないでください」
ネーヴェは彼らを見返して、提案した。
「失せ物探しでございますね? ではまず、武器庫の清掃、整理から始めましょう!」
「……今からか?」
シエロがぼそっと突っ込む。
ネーヴェは力強くうなずいた。
「もちろん。思いついたが吉日と申しますわ」
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