Side: ミヤビ

 行く宛も無いまま、ただ、がむしゃらに走った。

 王子に着せられたスカートは裾が長くて走りにくい。


「あっ」

 

 そのせいで、段差でつまずき、転んでしまう。

 邪魔になったスカートのおかげで、膝小僧に怪我は無いが、咄嗟に地面に手を付いたので、そちらの方が重傷だった。

 起き上がろうとすると、頭上に影が射す。


「おや? 見慣れない人種のお嬢ちゃんだ。黒髪は珍しくないが、顔立ちや肌の色がフォレスタ人って感じじゃねえな。しかし、このヒラヒラした服装スカート。どこかの金持ちから逃げ出してきた愛玩奴隷か?」

「?!」

 

 人相の悪い男性が、彼女を覗き込む。


「持ち主に返したら、金一封もらえるかな。それか、別な金持ちに売り払った方が儲かるか?」

 

 この人浚ひとさらいに見つかったのは、ある意味、彼女にとって幸いだった。男が手早くミヤビを建物の中に連れ込んだので、後を追ってきた王子には見つからなかったのだ。

 窓の無い部屋に閉じ込められたミヤビは、体育座りで壁に背中を預け、ひとときの眠りに付いた。

 夢の中で、彼女は召喚された場所、あの地下墓地カタコンベにいた。薄暗い地下には蝋燭の灯りが燃え、その光が墓標にあたって、おどろおどろしい影を揺らめかせる。

 邪悪な魔術師が哄笑する。


「逃げても構わんぞ。また、代わりの聖女を召喚すればいいだけだ」

「!!」

「だが、そうなれば用済みのお前は」

 

 魔術師は、片手で首を切る動作ジェスチャーをする。

 ミヤビはぞっとした。

 

「……おい。起きろ」

 

 肩を揺らされ、目覚めると、目の前には人浚いと、もう一人別な男がいた。人相の悪い人浚いに比べたら、ましな顔つきの中年の男だ。日焼けした、健康そうな肌をしている。


「この娘を売りたいんだが、どこかの貴族に渡りを付けて下さいよ、アントニオさん」

「俺はそういう商売はしてないんだが」

「いや、知り合いで顔が広いのは、アントニオさんくらいで」

「普通に奴隷商人のところへ連れて行けば良いだろう……」

「だって、あいつら怖いし」

 

 金づるになると拾ったは良いものの、中途半端に引け腰な人浚いだった。

 ミヤビは完全に目が覚める。

 自分の行き先を決めるには、物わかりの良さそうなアントニオがいる、今しかないと気付いたからだ。


「……氷薔薇姫様、ネーヴェ様のところへ連れて行ってください! 私は、あの方の侍女なんです!」

「?!」

 

 口から出任せを言い、必死にアントニオを見つめる。

 一か八かの、賭けだった。

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