第40話 世を汚す悪逆無道は成敗しますわ
シェーマンはリグリス州に残り、サボル侯の元で働くことを選んだ。おとなしい性格の男なので、波乱万丈なネーヴェの元で働くよりは、リグリス州で安定した職に就いた方が彼のためだろう。よって、ネーヴェに同行するのは、カルメラとシエロだけだ。
ネーヴェ達はロバを買い、クラヴィーア伯爵領までのんびり移動した。ロバは庶民の移動手段として一般的で、馬のように素早く移動できないが、徒歩よりはましな移動手段だ。
ちなみに前回、オセアーノ帝国まで旅をした時は大人数で、護衛も複数人いた。
しかし今回は三人だけ。男一人に女二人、どう見ても良い鴨である。追い剥ぎも馬鹿ではないので、立派な商隊よりも少人数の旅人を狙う。かくして富める者はますます富み、貧しい者はさらに奪われる、という訳だ。
「そこの旅人、止まれ!」
山道を歩いていると、前後から人の気配がし、複数の男達に取り囲まれた。
どうやら野盗らしい。
手に持つ武器は、こん棒や
「命が惜しければ、荷物と有り金全部、置いて行け!」
「……ずいぶんな挨拶だね」
カルメラが前に出て、長剣を抜いた。
立派な武器を見た盗賊達は少し動揺したが、戦えるのが女一人なら取り囲んで袋叩きにすれば良いと考えたらしく、退く気配はない。
「お前たち、運が悪いな」
一方のシエロは動じた様子もなく、気だるげに言った。
「命が惜しければ、荷物を置いて立ち去った方が良い」
逆に脅しているような言葉に「なぁに言ってんだ」と盗賊たちは笑う。しかし、その次の瞬間、ゆるんだ空気を割くようにぴょうと音が鳴った。
続いて、どすん、と意外に重い音を立て、矢が盗賊の横の木に突き刺さる。強い力で射られた証拠に、かなり深く矢じりが幹に食い込んでいる。
一拍遅れ、自分の顔の横に矢が飛んできたことに気付いた盗賊は、悲鳴を上げた。
「なんだっ、これは!」
「……世を汚す悪逆無道は、成敗しますわ」
「ひっ」
いつの間にか、ネーヴェが矢をつがえて放っていた。
ベールで隠れて見えないのにも関わらず、彼女の絶対零度の眼差しが薄布越しに伝わってくる。
予告なしに矢を射られた盗賊達は怯えた。
「次は顔の真ん中を狙います」
「死ぬじゃねえか?!!」
確定で死人が出ることを悟った盗賊は、右往左往し出す。
「だから言ったろうが、命が惜しければ立ち去れと」
シエロは盗賊達に、哀れみの目を向けた。
何本か弓矢を射込んでやると、盗賊達は荷物や武器を放り出し、泡を食って逃げ出した。
「
カルメラが地面に落ちているあれこれを拾い上げ、検分している。これでは、どちらが追い剥ぎか分からない。
「落ちたものは放っておきましょう、カルメラ。彼らとて、生まれた時から盗賊ではありません。食うに困って悪道に堕ちたのでしょうから」
ネーヴェはそう言って、先を急ぐように促した。
三人はまたロバを伴い山道を登り始める。
「そういえば、旦那は戦わないのかい?」
カルメラが長剣を背負い直しながら、シエロに聞く。
その問に、彼は深々と溜め息を吐いた。
「普通、戦闘を
「でも、旦那は戦えるよね? 剣術やってただろ。見れば分かるよ」
カルメラの思わぬ指摘に、ネーヴェはシエロをまじまじと見た。
妙に姿勢が良い男だと思っていたが、よく見れば腕や肩にそこそこ筋肉が付いている。畑仕事をする農民とは違う筋肉の付き方だ。
「護身程度のものだ。俺はカルメラと違い、戦闘を
シエロは飄々と言い、それ以上は何も説明しない。
てっきり司祭かと思っていたシエロだが、普通の司祭は剣術など
「そこの旅人、止まれ!」
少し歩くと、武装した男の一団が現れた。
先ほどの盗賊と違い、鉄で出来た鎧や剣を装備し、馬に乗っている。馬の背にはモンテグロット市の紋章である焚き火が描かれた布が掛けられており、正規の兵士のようだった。
「山賊では無いようだな」
ネーヴェはその言葉にむっとし、自ら顔を隠すベールを取る。
「道行く人をことごとく疑っているのですか? あまり褒められた行為ではありませんね」
「! そのお顔は、姫様! 大変、失礼を致しました!」
兵士は馬を降りて、ネーヴェの前に
ここはもうクラヴィーア伯爵領らしい。モンテグロットの巡回兵は、ネーヴェのことを知っている者ばかりだ。
「お帰りをお待ちしていました、姫様! モンテグロットに寄られるということは、温泉に入って行かれるのですね」
「はい。軽く湯浴みしてから帰ります」
「どうぞゆっくりしていってください……誰か浴場を姫様が貸し切りにすると、伝えてくれ」
後半の
残りの兵士は「道中お守りします」と言い、ネーヴェ達を取り囲む。
「我々は、この辺りで出没する山賊を退治しに参ったのです。姫様にお会いできると思ってもみませんでした」
「ああ、その山賊なら、少し矢を射って追い払いましたわ」
「左様ですか?! 相変わらず姫様はお強いですなあ!」
その会話を聞いていたシエロが「貸切? 相変わらず?」と遠い目で呟いたが、やっと風呂に入れると浮かれるネーヴェの耳には入ってこなかった。
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