洗濯と、選択

第39話 綺麗に隅々まで洗って差し上げますわ!

 フォレスタは白い剣のようなアペニア山脈に囲まれた国で、険しい山脈によって外敵から守られている。その山脈の切れ間に位置するのが北方クラヴィーア伯爵領だった。

 山向こうのポー平原から蛮族が時折攻めてくるため、クラヴィーア伯爵はたびたび傭兵をつのって外敵と戦っている。痩せた土地で納税が少ない上に戦争もあり、お人好しのクラヴィーア伯爵はいつも資金不足にあえいでいる。貧乏伯爵として有名だ。

 しかし、何もないクラヴィーアには、温泉テルメがある。

 傷を癒すと有名な温泉で、遠方の異国から訪れる者もいるくらいだ。


「モンテグロット温泉で、湯浴みをしてから帰りましょう。ついでに、シエロ様には石鹸を試して頂きたく」

 

 知らない者からすれば、相変わらず氷の美貌で淡々と言っているように見えるのだが、ネーヴェは実は浮かれていた。

 やっと石鹸を試せるのだ。

 

「どうせ髭を剃れと言うのだろう」

 

 シエロは眉をしかめる。


「無理にとは言いませんわ」

「石鹸は約束だから構わないが、髭を剃れとまで言うのなら、背中を流すくらいのサービスをしてくれるんだろうな?」

 

 彼にしてみれば、断る理由を作るための台詞せりふだったろう。思春期の娘なら、男の背中を流すなど、当然恥じらって断るに違いない。

 しかし、ネーヴェは目を輝かせた。


「よろしいのですか?! 洗濯しても?!」

「……」

「お望みとあれば、髪の一本から爪先に至るまで、綺麗に隅々洗って差し上げますわ!!!」

「止めろ! お望みではない!」

 

 シエロは失策を悟ったが、後の祭りだった。


「シエロの旦那、途中で撤回するのは、男らしくないよ?」

 

 カルメラが、にやにや笑いながら追随する。

 通常の男であれば、氷薔薇姫のような美少女と風呂に入るなど、ご褒美でしかないだろう。しかし、彼女の度を過ぎた綺麗好きを知っているシエロは、ロマンスなど起こり得ぬことを悟っていた。

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