Side: エミリオ王子

 近衛騎士を振り切って、エミリオは街にまろびでた。

 

「ミヤビ……どこへ行ったんだ、ミヤビ!」

 

 大通りには、収穫祭のためか、人が溢れている。

 通りを行く人々は、明らかに貴族の身なりをしたエミリオが、鬼気迫る表情で見回しているのを見て、関わり合いにならないよう、そそくさと去っていく。

 追い付いてきた近衛騎士が、ぴたりとエミリオの後ろに控える。どうやら、連れ戻すのを諦めたらしい。

 エミリオは探すあてもなく、街をさ迷った。


「店主、黒髪の女を見掛けなかったか?!」

「い、いいえ!!」

 

 エミリオに詰め寄られ、哀れな屋台の店主は、壊れた玩具のように首を横に振る。

 彼女はどこへ行ったのだろう。異国の地で、知己もいないはずなのに……。


「……そこで、氷薔薇姫が膝をつくと、天からさらさらと砂がこぼれ落ちてきました」

 

 ふと、馴染みのある呼び名が耳に飛び込んできて、エミリオは足を止める。

 その路地の広場では、小さな劇団が芝居しばいを披露していた。朗読する語り手と、主役らしい男女。舞台袖では音楽家が細角笛ツィンクを吹いている。


「ありがとうございます、天使様! これでフォレスタを救うことができます!」

「こうして聖なる粉が、リグリス州のオリーブ畑を覆い、魔物を追い払ったのです」

 

 観客が一斉に拍手する。

 エミリオは呆気にとられた。

 リグリス州から魔物の虫がいなくなったのは、聖女ミヤビの祈りによるものだ。しかし、目の前の民達は、天使の恵みだと勘違いしている。


「待て! お前らは、聖女を知らんのか!」

 

 エミリオはたまらず声を上げた。

 観客と劇団員が、驚いて振り返る。


「リグリス州から魔物が去ったのは、聖女の奇跡だぞ!!」

 

 正しいことを教えてやったつもりだった。

 しかし、彼らはおかしな事を聞いたというように、顔をしかめる。


「何を言ってるんだ。教会が聖なる粉を配って、そのおかげで今年オリーブの実がなったのは、皆が知っていることだぞ」

「聖なる粉……?」

「兄さん、リグリスの外から来たのかい」

 

 何か決定的に、話が食い違っている。

 エミリオは違和感にあえぎながら、自分の知っている事実と、今聞かされた話をすり合わせようとした。


「お前達、聖女のことは……?」

「聖女? 氷薔薇姫様のことかな」

「ち、違う! なぜ、あのような女が聖女なのだ?! 王子への不敬罪で、追放されたのだぞ!」

 

 なぜ聖女のことは知らないのか。

 なぜ氷薔薇姫の話になるのか。

 エミリオには、訳が分からない。

 人々は顔を見合わせた。


「追放? 何の話だ」

「そういえば王都の方で、国王様が聖女をお呼びなさったって」

「いやいや、国王様がリグリスに目を留めて下さらなかったから、氷薔薇姫様が天使様にお願いして、聖なる粉を撒かれたんだろう」

「ありがたいことだ」

 

 全く話が通じない。エミリオは絶句した。

 遠くにいる相手と直接話す魔法のない、このフォレスタでは、国の端から端まで情報伝達するのに時間が掛かる。ましてや、旅に出ることのない農民にとって、王都の情報は手に入らないものだ。

 召喚されてから一年も経たない聖女より、何年も掛けて民の人気を集めてきた氷薔薇姫の方が圧倒的に知名度が高い。実際、ネーヴェは直接、現地に足を運んでいるのだから、彼女の姿を見た者も多かった。

 民は自分の目で見たものを信じる。

 リグリス州を救ったのが誰か、彼らの間では明白だった。


「お前たちは騙されている! 国王は聖女を召喚し、リグリスを救った! 聖女は黒髪の乙女だ!」


 エミリオがそう叫ぶと、彼らは困惑した表情になった。


「お兄さん、頭は大丈夫かい? リグリスを救ったのは、天翼教会とお忍びの氷薔薇姫様だと、ここで話していたじゃないか」

「んだ。んだ」

「……っ!」

 

 さしものエミリオも、ここで自分の身分を明かして説得しようと考えなかった。そんなことをしても無駄だと、エミリオも分かっていたからだ。

 敗北感と突き上げてくる怒りで、束の間ミヤビを探していることを忘れる。

 

「……これも、お前の仕業か、ネーヴェ!!」

 

 早急に、聖女と偽るあの悪女をとらえ、国民の認識を正さねばならない。

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