Side: ラニエリ

 氷薔薇姫の指摘は、ラニエリにとって痛いものだった。

 穏便に彼女を連れ帰って妻にするつもりだったのだが、言葉選びを間違ってしまった。彼女の言う通り、もう少し甘い言葉を掛けてやるべきだったかもしれない。ラニエリは、数字と付き合うばかりで、女性とまともに付き合った事がない。ネーヴェの指摘はまとていた。


「あなたを評価していたのは本当なのですよ、氷薔薇姫。私の提案を蹴った、あなたが悪いのです」

 

 ラニエリは何故か、手強い帳簿を前にしたような高揚感を覚えていた。あるいは、獲物を追い詰める狩人の愉悦だ。

 さて、どうやって復讐してやろう。

 思い巡らせながら早速、王子の元に戻り、報告する。


「殿下、街で氷薔薇姫を見掛けました。どうやら、明日にでもリグリス州を出ていくようですよ」

「なんだと?! サボル侯は何をしている! すぐに兵を出すよう言わなければ」

 

 エミリオ王子は、慌ててサボル侯爵の元に向かう。

 自分の手で捕まえに行くとは言わない、抗議することしかできない、無力な王子だ。

 冷ややかに主君の後ろ姿を見送った後、ラニエリは聖女に向き直った。


「出て行くなら、今のうちですよ」

「え?!」

 

 聖女ミヤビは、仰天している。

 ラニエリは、愚かな彼女に分かるよう、説明してやった。


「我々は、魔術師殿を認めている訳ではないのですよ。魔術師殿によって召喚された、あなたの事もね」

 

 国王は、政治に口出しするマントヴァ公を煙たく思っている。頼りの天使様は、俗世に関わらず、マントヴァ公から守ってくれる訳ではない。だから、外部から来た魔術師殿を頼ろうとした。

 もちろんマントヴァ公もその息子ラニエリも、魔術師に頼った国王を快く思っていない。表立って国王と王子に反抗すれば国の規律を乱すことになるため、大人しくしていただけだ。

 胡散臭い魔術師であろうと、魔物対策に貢献するなら、と見逃してきたのだ。

 しかし、ネーヴェの成果によって、魔術師も、その召喚した聖女も用済みとなった。


「あの怪しい男が召喚したものが、聖女な訳がありません。貴女はフォレスタに災いをもたらすに違いない。しかし……どうやら貴女は巻き込まれただけの可哀想な一般人のようだ。今なら、逃がして差し上げます」

「!!」

 

 ミヤビは怯えた表情で後ずさると、脱兎のごとく駆け出した。

 金も硬貨も何一つ持たず、逃げ出したのだ。


「おやおや、慌て過ぎですね。何かやましいことでも、あるのでしょうか」

 

 少しして、聖女と入れ替わるように、王子が戻ってきた。

 部屋を見回し、異変に気付く。


「ミヤビはどこだ?!」

「聖女様なら、出て行かれました」

「何故……?!」

「身に覚えがあるのでは?」

 

 寵愛と言えば美しいが、軟禁し、籠の鳥のように囲っていたのだ。ミヤビの心を得ていない自覚があるのだろう。エミリオは後ろめたい表情をする。


「まだ遠くには行っていないはず……追いかけなければ!」

 

 足音も荒く、部屋を出て行く王子を、近衛騎士が止めようとしている。

 その茶番を眺めながら、ラニエリはうっそりわらった。

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