Side: エミリオ王子
リグリスに到着したエミリオは、その足で州侯サボルを訪れた。
「殿下、それに聖女様。長旅でお疲れでしょう。我が館で、ごゆるりおくつろぎ下さい」
サボル侯オットーは髭の手入れに熱心な、怪しい黒衣の男だ。
にこやかな笑顔の下に、別の本心があることは、エミリオでなくても推察できることだった。
ただ、エミリオはこの侯爵の内心には、興味がない。
「侯爵、あなたの領地に逃げ込んだ、私の元婚約者ネーヴェを生かして捕らえ、私の前に突き出してくれ。そうすれば私は、心おきなく
早速、用事を申し付ける。
侯爵は「承知しました」と頷いた。
早くもこれでネーヴェの件は片付いたと思ったエミリオは、話題を変える。
「それと、聖女に街歩きを体験させてやりたい。護衛を借りられるだろうか」
「聖女様に、街歩きを?」
「この地の民は、さぞ聖女に感謝しているだろう。その姿を見せてやりたいのだ」
隣のミヤビの手を握ると、なぜかミヤビは「ひっ」と怯えたような声を漏らした。
気のせいか、サボル侯オットーの視線が鋭くなる。
「それはそれは……残念ながら、収穫祭の間は他州の者や、遠い異国の者もリグリスに訪れます。尊き御身であれば、軽々に出歩かれるべきではないと、差し出がましいながら注進いたしますぞ」
「む」
祭りの人混みは危ないと言われれば、エミリオも納得せざるを得ない。
オットーは滑らかな口調で続けた。
「この館からも、祭りの賑やかさは感じ取れます。リグリスの恵みを凝らした食事でもてなしますゆえ、そこに民の心を感じて頂ければ、と」
ペラペラとよく喋るものだ。
要望を却下されたエミリオは内心苛立たしく感じたが、「そうだな」と仕方なく頷いた。結局のところエミリオ個人の私兵は少なく、サボル侯の支援がなければ街歩きが難しいことを、理解していたからだ。
「……くそっ」
自室に入った後、エミリオは八つ当たりのように、侍女が持ってきたティーセットを床に落とした。
侍女は震え上がって床を拭き始める。
「いつもそうだ。王子と持ち上げながら、やつらは私の命令など、聞きもしない」
ミヤビの視線を感じながら、エミリオは不平を漏らす。
臣下は皆、王子として決断しろと言いながら、祭り上げておきながら、エミリオが選んだものにケチを付けるのだ。
フォレスタ三大貴族のうち、フェラーラとサボルは王家と距離を取っている。マントヴァは近すぎてうるさい。頭痛に悩まされた国王は外に活路を求め、異国の魔術師の助けを借りようとした。
「……殿下。私は外を見て来ようと思います。何とか殿下のご希望を叶える方法を見つけましょう」
「ラニエリ」
側に控えていたラニエリがそう進言する。
その言葉に、エミリオは少し気が軽くなった。
「信頼できるのは、幼少の頃からの友である、お前だけだ。よろしく頼むぞ」
「お任せ下さい」
優秀な宰相のラニエリに任せておけば、すべて上手くいくだろうと、エミリオは肩の力を抜く。
自分はただ、ミヤビと待っていれば良いのだ。
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