第36話 悩み事

「どうしたら良いでしょう」

 

 ネーヴェは途方に暮れ、カルメラに相談していた。

 彼女は今、透け透けのネグリジェを着て、カルメラの寝台に上がり込んでいる。皮鎧を外して髪を解いたカルメラは、そんなネーヴェを慈しみのこもった眼差しで見守っていた。カルメラにとって、ネーヴェは可愛い妹のようなものだ。


「シエロ様の欲しいものが分かりません。このままでは、収穫祭が終わった後にさよならですわ」

 

 約束があるので、石鹸のトライアルをするまでは、ネーヴェに付き合ってくれるだろう。しかし、その先は不透明だ。


「キープとは、具体的にどうすれば良いのでしょうか……」

 

 枕を抱えて唸った。

 カルメラは苦笑する。


「普通の男相手なら、夜這いを勧めるけどね。ちょっと上に乗っかって甘い言葉でも囁いてやれば、男はイチコロさ」

「夜這い?!」

「姫は顔が良いから、本当は必殺の武器なんだけどねぇ。あの旦那相手に通じるかどうか」

 

 色仕掛けを揶揄やゆされて、ネーヴェは赤面した。

 これが他の男相手なら「女は度胸ですわ!」と宣言して乗り込んだかもしれないが、シエロ相手にはそうはいかない。何せ、あの男はネーヴェの素顔を見ても動じないのだ。


「シエロの旦那は、クソ真面目だから、夜這いに行っても、無理するなとか、適当にあしらわれそうだね」

「~~~っ」

 

 ネーヴェは額を枕にこすりつけて、もだえた。

 氷薔薇姫の崇拝者には、とても見せられない醜態だ。もちろん、シエロ相手にも。

 それにしても、どうでも良い男相手なら、いくらでも攻略手段を考え付くのに、シエロ相手では、そうはいかない。その難攻不落さが、逆にシエロがレベルの高い男だと示しているようだった。


「それにしても、妬けちゃうね。姫は、シエロの旦那がそんなに好きなんだ」

「好き……好き?」

 

 カルメラのからかうような言葉に、ネーヴェは自問自答する。


「あの髭を見ると、とても剃ってしまいたい気持ちに襲われるのですが、これが好きという気持ちなのですか?!」

「え?……それは……違うかも」

 

 斜め上の回答に、カルメラは困惑する。

 好きとは一体どういう感情か、彼女まで哲学的な難問に迷い込んでしまいそうだ。男女の惹かれあう気持ちの正体とは、これいかに。


「剃ってしまえば、この気持ちもさっぱりするかもしれませんね」

「えーっと、姫?」

「大丈夫です、カルメラ。得心いたしましたわ」


 ネーヴェは悟っていた。

 一周回って悩んでも無駄だと。

 すっきりシエロの欲しいもの探しを棚上げし、目前に迫るもう一つの問題について考える。


「中途半端にリグリス州を救っただけで、自分だけ国外に逃げるなど、棚の上のほこりを払い忘れて客人を接待しているようなものですわ」

「姫の掃除好きはよく分かった。要は、心残りなのね?」

「ええ」


 言葉にしながら、ネーヴェは自分の気持ちを整理する。


「何とか南部の反乱を止め、魔物の虫もフォレスタ全土から追い払いたいところですけれど……」


 フォレスタ国内で内乱が起きると、せっかく救ったリグリス州のオリーブ畑も戦火に見舞われるかもしれない。

 それは後味の悪い結末だった。

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