Side: 宰相と王子

 夏の間、彼は涼しい離宮で休息を取っていた。厄介な風邪に罹り、体がだるく、とても政務に携わる状況ではなかったのだ。どちらにせよ、夏の間は王城の役人の仕事は短縮される。暑い部屋にこもりきりで仕事などやっていられないからだ。

 秋になり、表に出てきたエミリオは、宰相ラニエリから報告を聞いていた。


「リグリス州は例年より少ないとはいえ、税を納めるだけの収穫があるようです。虫の魔物も出なくなったという報告があります」

 

 ラニエリは、マントヴァ公爵の一人息子でまだ若い、エミリオより数個年上の男だ。武のフェラーラ、文のマントヴァ、そして自由独立主義のサボルが、フォレスタの三大貴族である。

 大貴族出身ではあるが、身分を笠に着るタイプではない。頭の切れる男で、文官達を見事にまとめ上げ、精力的に政務を進めている。

 しかし、いささか仕事に励み過ぎなのか、彼は目元に濃いくまを作っていた。短い銀髪は適当に撫で付けられており、書類を見るための単眼鏡モノクルを掛けっぱなしで、忙しさが外見に現れている。

 

「リグリス州に、虫の魔物が出なくなったのか?!」

「はい」

「素晴らしい! きっとミヤビの祈りのおかげだ!」

 

 エミリオは歓喜した。

 自分が休んでいる間に任を果たすなんて、ミヤビはなんと敬虔な聖女なのだろう。


「……」

 

 ラニエリは笑顔を張り付けたまま、賢明に沈黙を保った。

 切れ者のラニエリは、部下に魔物がいなくなった理由を調査させていた。そして、リグリス州の収穫は神の奇跡でも何でもなく、一人の女性ひめの尽力によるものだと突き止めていた。


「ところで、ネーヴェからは手紙は届いていないか」

「特に何も。彼女は今、リグリス州にいるようです」

 

 ラニエリは、一応この王子を支持する派閥なので、最低限すべき報告をした。

 それを聞いたエミリオは眉間にシワを寄せる。


「あの女、私がモンタルチーノにいろと言ったのに、無視したのか?!」

 

 激昂するエミリオを見つめて、ラニエリは「この王子は、あの気高い氷薔薇姫が本気で謝罪すると思っていたのだろうか」と呆れる。

 気の弱い女性なら許しを乞うこともあるだろうが、氷薔薇姫は明らかにそのような性格ではないだろうに。


「まあ良い、リグリス州にミヤビを連れていくついでに、顔を見に行ってやろう」

「ミヤビ様を連れ出すのですか」

「彼女も王宮で息が詰まっているだろうから、息抜きだ。己の力で救った民を見せて、元気付けてやろう」

 

 聖女ミヤビは、このところ臥せりがちだと、エミリオのもとに報告が来ていた。

 気分転換に、地方に連れていってやろう。

 リグリス州では盛大な収穫祭が催されるらしい。

 祭りを見れば、彼女も楽しい気分になるかもしれないと、エミリオは考える。


「私も同行させていただいてもよろしいですか?」

 

 ラニエリが静かに申し出る。


「? 構わないが、仕事の虫のお前も、息抜きがしたいのか」

「そのようなところです」

 

 不思議そうにするエミリオ王子に答えながら、ラニエリは現地に行って直接、氷薔薇姫の話を聞きたいと考えていた。虫の被害が続けば、数年後は税収減により国の備蓄は先細りし、ラニエリの愛する数字しごとが消えてしまう。その前に確実に、魔物を駆除する方法を見つけなければならないのだ。

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