第14話 恋は家事と違って難しい
就寝の準備が整った後、シエロは寝台の上で、ずっとぶつぶつ言っていた。
「もし俺が、当たり前の欲望を持った男なら、お前は今頃ベッドに引きずり込まれていたぞ!」
「分かりました。あなたが心優しいことは、十分分かりましたから」
シエロが宿屋の主人に頼んでもらってきた厚い絨毯のおかげで、ネーヴェの床の寝床は快適である。
寝転ぶと、シエロの後ろ頭が見えた。
彼は意外に長髪だった。いつも適当にまとめて頭の後ろで結い、麦わら帽子で隠していたのだ。就寝時は、さすがに髪を解いて流している。
淡い色味の金髪は、上等の絹糸のようで、部屋着の隙間から見えるうなじや肩も男性らしい筋肉が付いていたが、どこか優美だ。
無精髭を剃れば、見られる容姿なのでは?
ネーヴェはやっと、そう思い至った。
「あと、当たり前の男として扱って欲しいなら、髭を剃ってください」
「……何も知らずに、ぬけぬけと」
シエロは背を向けて、もごもご言ったが、本気で怒っていないのは明白だった。
男が本当に安全であると確信できると、ネーヴェは眠くなってきた。うとうとと
ゆえに、寝入り際にシエロが呟いた言葉は、夢の中のようで、意識の外側を上滑りしていった。
「お前、男を意識したことがないのか。もしかして、恋もしたことがないか……?」
恋。それは、私には許されていないものでした。
家のために、国民のために生きることが私の役割でしたから。恋なんて、ただ一人のために馬鹿になるなど、許されないことですわ。
目を覚ますと、寝台にシエロの姿は無かった。
先に準備を整えて部屋を出たらしい。
「案外、真面目な方なんですね」
元から、田舎の農民にしては、雰囲気が洗練されていると思っていた。生まれ育ちは、顔ではなく、その行動に現れる。
彼の行動は、ひどく上品だ。
もちろん農民が下品という訳ではない。そういう訳ではなく、彼の行動には貴族や王族に特有の、上に立つ者が守るべき一線や配慮、深い見識などが透けて見えるのだ。
「約束どおり、虫除けの対策も、教えてくれましたし」
それにしても虫の魔物は、どこから来たのだろう。
ふと、聖女召還を押し進めた異国の魔術師が、思い浮かんだ。
かの魔術師の自作自演という可能性はないだろうか。役人が税を横領するため、ありもしない請求項目を捏造するように、聖女を喚ぶために魔物が必要だったとするなら……
「姫ー、姫ー、聞こえてる?」
誰かが扉を外から叩いている。
低いハスキーな女性の声が、ネーヴェを呼んでいた。
その声に聞き覚えがある。
「はい、ただいま開けますわ!」
彼女に会いたいと思うあまり、ネーヴェは喜んで扉を開けた。心は、野原を駆け回った少女時代に戻ってしまっている。声が本物なら、ネーヴェがずっと会いたいと考えていた女性だ。
廊下には、思い描いた通りの人物が立っている。
長剣を背負った皮鎧姿の、大柄な女性。
覇気漂う背の高い女性だ。日に焼けた小麦色の肌をしており、栗色の波打つ髪をターバンでまとめている。
「カルメラ! 久しぶりですわ!」
「久しぶりだね、姫。まったく、寝起きの格好を誰かに見られたら、どうするのさ。私かどうか確かめずに、扉を開けたら駄目だよ」
カルメラは微笑みながら、低い声でネーヴェを
彼女は、実家にいた時に世話になった、流れの傭兵だ。
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