第11話 不敬だぞ、身の程を知れ

 シェーマンは、それでも旅に出ることをためらっていた。


「シエロさん、どう思いますか?」

「何の話だ」

 

 その日の午後、葡萄畑にて休憩中に、シェーマンはネーヴェが旅に出たいと言っている件を、勢いあまってシエロに愚痴り始めた。


「姫様ときたら、例の虫について調べるために、オセアーノ帝国まで旅に出ると言い張って聞かないんですよ」

 

 石鹸のためとは言わなかった。

 一応、シェーマンは、ネーヴェがシエロを洗濯したいと考えていることを知っており、きっとシエロは嫌がるだろうということくらいは想像が付くので、藪から蛇を出すのを避けたのだ。


「ほう、そうなのか。女性が旅をするのは、危険だな」

 

 シエロが話に乗ってきた。

 それも、ネーヴェの望まない方向に、だ。

 ネーヴェは、自分は弓が使えると反論しようとしたが、その前にシエロはこう言った。


「オセアーノ帝国に行く氷売りに知り合いがいる。同行できるか、頼んでみよう」

「本当ですか?!」

 

 思惑どおりに行かなかったシェーマンは、ショックで間抜け顔をさらしている。彼は、シエロがネーヴェに興味を持っていると気付いていた。普通なら、好いた女が離れようとしていたら引き留める。勝算があるから話を振ったのに、シエロは味方にならなかった。

 ただ謎の笑みを口元に浮かべ、喜ぶネーヴェを見ている。




「ちょっとシエロさん!」

 

 シェーマンは、周囲に人がいないことを確認しながら、シエロを呼び止めた。ネーヴェのいない場所で、話がしたかった。


「姫様は、旅に出られるようなお方じゃないんだ。無責任に煽ってもらっては困ります」

「王子に追放されたから、か?」

「!!」

 

 シエロは、さらっとネーヴェ達の秘密を口にする。


「辺境で大人しくしろという命令に反して動けば、氷薔薇姫の父であるクラヴィーナ伯爵も、責を問われるだろう。お前は王子の配下として、そう言って氷薔薇姫を止める役割を命じられている」

「知っているなら、なんで」

 

 シェーマンは、目の前の男が、ただの農民ではない事に気付いた。いったい何者なのか。


「ぼんくら王子の命令など、知ったことか」

 

 シエロは気負いなく、そう宣言する。


「あの娘は、あらゆる権力から自由であるべきだ。家族が人質に取られて動けないなら、俺が何とかしてやろう。この地上の誰も、俺には命令できない」

 

 薄汚れた男が、この瞬間、威厳に満ちた王、あるいは、それを超越した何かに見えた。

 シェーマンは思わず身震いする。

 正体は何であるか、聞くのさえ不敬になる。目の前にいるのはそういう存在だと感じたからだ。


「ひとつ聞く。お前は氷薔薇姫の、敵か、味方か?」

 

 冷徹な深海色の瞳が、シェーマンを一瞥する。

 覚悟を迫られ、シェーマンは躊躇いながら、答えを口にした。

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