第5話 卵が欲しいなら鶏を飼えば良いのです

 思い立ったら即行動だ。

 ネーヴェは翌日、侍従を伴い市場に出掛けた。

 目的は、家畜の購入。


「牛か、鶏か……羊も可愛くて素敵ですね」

「姫様、どこで飼うんですか……?」

 

 珍しく、シェーマンが的確な突っ込みを入れた。

 ネーヴェは立ち止まる。


「まずは、木板を購入して、畜舎を作らないといけませんね」

「そこから?!」

 

 千里の道も一歩からだが、あまりにも遠すぎる。

 それに、今の手持ちの資金で家畜が買えるかどうかも問題だった。

 二人は市場の外れにある、家畜を売っている区画に進む。

 動物は臭いので、食べ物の近くでは売っていないのだ。


「参ったわ。牛は高いわね。鶏も、思ったより高いわね……」

 

 ネーヴェは腕組みする。

 ちなみに、彼女は街歩きをする時、頭からベールをかぶる。美貌が目立つせいで、余計な注目を浴びるからだ。

 家畜を売っている店主は、目の前の伴を連れたお忍びの貴族と思われる女性は、何に悩んでいるのだろうと不思議に思っている。いくら牛が高いとはいえ、貴族ならポケットマネーで買える金額だからだ。


「……うずらの卵を買いましょう」

「ああ、家畜は諦めて、料理の材料を買って帰るんですね」

「温めて卵をかえすのです」

「卵を孵す?!」

 

 シェーマンは意味が分からないようで、目を白黒させている。

 うずらの卵は安い。

 そして、十個も買えば、一個くらいは孵化すると、ネーヴェは知っていた。うずらなら、軒先に木箱でも置いて飼えるではないか。

 うずらの、ふくふくとした羽を思い描き、ネーヴェの口元がゆるむ。ひよこは、さぞかし可愛いだろう。

 二人は、うずらの卵を買って帰った。

 火で熱した石と水を含めた藁の上で、卵を転がすこと二週間。

 なんと五個からヒヨコが生まれた。

 これにはシェーマンもにっこりだ。


「おぉ~、よしよし。可愛いピヨピヨですね」

 

 シェーマンはでれでれして、ヒヨコをでる。

 育ったら肉を料理に使うつもりだったのだが、シェーマンが泣くかもしれないと思うネーヴェだった。


 


「姫様?」

「……」

 

 たまには魚を食べようと川辺に向かうと、兎が死んでいた。

 通常なら、生き物の死骸は、それを食べる別の種類の動物の餌になる。しかし、この兎の死骸は綺麗なままだ。


「おっと、天使様の恵みですかね。姫様が狩りをしなくても、兎肉が落ちてるじゃないですか」

 

 シェーマンが兎を拾い上げようとするのを、制する。


「その兎肉を食べれば死にますよ。天使様のみもとに旅立ちたいなら、止めませんが」

「ひっ」


 大袈裟な侍従は、真っ青になって兎を取り落とした。


「この兎は、例の、魔物の虫が食んだ植物を口にしたのでしょう。虫のせいで枯れかけた植物を口にすると死ぬ。人も動物も、例外はありません」

 

 こんな辺境まで、災害は広がっているのだ。

 ネーヴェは、どうにかできないものかと、唇を噛む。

 

「だ、大丈夫ですよ。王都には、聖女様がいらっしゃいます! きっと、すぐに虫もいなくなります!」

 

 シェーマンの言葉に、そうだと良いけれど、とネーヴェは嘆息する。

 聖女が召還されてだいぶ経っているが、魔物の虫が駆逐されたという話をついぞ聞かない。


「もぐらの話を知っていますか?」

「もぐら?」

「あるところに、愚かな男がいました。その地には、大きなもぐらがいて、地面に穴を掘っていました。男は農作業に行く途中に、その穴に落ちてしまいました。男は何とか穴から這い出て、持っていたくわでその穴を埋めました」

「穴を埋めたんだから、問題ないですよね?」


 シェーマンは話の主人公と同じ思考回路のようだ。

 この話の行き先は、勘が良い者はすぐ察するだろう。


「……翌朝、男は農作業に行く途中に、また穴に落ちました。大きなもぐらは、あちこちに穴を掘り続けていたからです」

「そんな?!」

「もぐらを捕まえないことには、問題は解決しません。聖女様に頼るのは、穴をふさぐのと同じこと。その日は地面が平らかになるでしょうが、問題の根源を見つけないことには、真の解決は成りません」


 シェーマンは返す言葉もないようだ。

 災害を引き起こした虫の魔物は、どこから来たのだろう。なぜ聖女召還がその解決方法になるのか、誰も理論立てて説明していない。ネーヴェは、そのことに陰謀めいたものを感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る