第4話 手っ取り早い稼ぎ手段

 ネーヴェは何日も掛けて、屋敷を掃除した。幸いにも、父である伯爵がこっそり金を持たせてくれたので、一ヶ月は働かずとも保つ。自分の部屋と侍従の部屋を整えて、台所を使えるようにする時間はあった。

 家探しすると、価値のありそうな家具や壺が出てきたので、売り払ってお金に変えた。ついでにドレスも一着を残して売り払った。

 今のネーヴェは、村娘と変わらぬ格好だ。

 しかし、この先のことを考えると、なんらかの稼ぎ口を考えなければならない。

 普通なら、雇ってくれる場所を探すところだろう。普通なら……


「シェーマン、森に行きましょう。鹿を狩りに行くわよ」

「ちょ、ちょ、アクティブ過ぎるでしょう、姫様!」

 

 弓の腕には自信がある。実家にいた時、流れの傭兵に仕込んでもらって、大丈夫だと太鼓判を押された。幼い頃は冒険者になりたかったネーヴェである。王子に見初められてこの夢も潰えたが。

 ネーヴェは、狩りを行って、食糧と資金の両方を調達しようと考えていた。

 街で買った革靴ブーツを履き、一番安い弓矢を手に、森に入っていく。

 風下から獣道を辿り、油断している鹿をぴょうと射た。


「皮を売ってきて、シェーマン」

「血みどろの姫様が怖すぎるっっっ!」

 

 鹿の皮をはいだら、シェーマンにドン引きされた。

 失礼な。どこの狩人もやっていることではないか。

 貴族が身にまとっている靴や上着や、さまざまな装飾に獣の皮が使われている。それを作る工程は、血みどろ惨劇が普通だ。


「一般庶民の間では、これも家事ですのよ」

「そうなのですか。庶民は大変ですね……」


 どこかピントのずれたネーヴェの言葉に、シェーマンは純粋に感心したようだ。

 彼女に弓を教えた傭兵に取っては家事だったかもしれないが、一般庶民の全員が狩りで生計を立てている訳ではない。

 余談だが、若い男であるシェーマンは、美しい姫であるネーヴェに夢を見ていた。しかし、その夢を早々に打ち壊されたことで、彼女に淡い欲望を抱くこともなくなった。ネーヴェは知らない間に、自分の身を守っていたのである。




 人たるもの、狩猟だけではやっていけない。

 農業により安定的な食糧の供給を得てはじめて、文明は発展するのである。

 数頭の鹿をさばいて売り払ったネーヴェは、次の自活手段を検討し始めた。


「姫様、何をしてるんですか?」

「野菜を作るの」

「そんな葉っぱの切れ端を地面に植えて、芽が出るんですか……?」

 

 シェーマンは謎の生物を見る目でネーヴェを見る。

 まったく失礼な侍従だ。

 ちなみに、この侍従は生活能力皆無で、料理も洗濯もできない。そのおかげでネーヴェが家事の主導権を握ることができるのは、不幸中の幸いだ。


「ネギやカブやダイコンは、根元の部分を植えると育ちます。水に浸けて発根を促してから植えると、より効果的です」


 ネーヴェは自ら台所に立って料理を作りながら、余った野菜の切れ端を、地面に植えた。

 二週間も経てば、成果は明らかになった。

 サラダ菜の類いは成長が早い。

 自分で作った野菜が食卓に並ぶと、水やりしかしていないシェーマンも感動した。


「姫様は、何でもできるんですね!」

「大袈裟な。農家なら、この程度の自給自足、当然のことです」


 貴族の生活力が無いだけだとネーヴェは思う。

 今日の料理は、鶏肉とカブのシチューだ。

 牛乳はシェーマンが買ってきたが、いずれ牛や鶏を自分で飼いたい。そうすれば、もっとたっぷり美味しいご飯が食べられる。

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