第3話 運命に翻弄されて

 夜会の醜聞は、国王の耳にも届いたらしい。

 ネーヴェの振る舞いに問題があったとして、王家から婚約破棄する通達があった。もともと位が高いとは言えない、伯爵令嬢である。父である伯爵にも、どうにもできない。氷薔薇姫ネーヴェは、その美しさからエミリオに見初められた。よって、エミリオの心一つで行き先が変わってしまうのだ。

 婚約破棄と共に、辺境の地で謹慎を命じられた。


「お前もミヤビの苦しみを味わえ。令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」

 

 エミリオの幼稚な意趣返しで、ネーヴェは西の辺境モンタルチーノに追放された。


「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」

 

 ここに住めと、荒れ放題の幽霊屋敷。

 何代か前の領主の家らしいが、使われなくなって久しい。

 敷地は広いが庭は雑草が生い茂り、煉瓦の壁は崩れ、蜘蛛があちこち巣を張っている。屋敷の二階の窓から、ボロボロのカーテンが物悲しくなびいているのが見えた。


「どどど、どうしましょうネーヴェ様! こんなところに住めないですよ! ゆ、幽霊も出るって話ですよ」


 侍従のシェーマンが怯えている。

 ネーヴェの世話のため付けられたのは、頼りない若い男シェーマン一人きりだった。実家から付いてきた者は、エミリオの手回しで遠ざけられたため、見ず知らずのシェーマンしか供はいない。

 氷薔薇姫をおとしめるためだけに急遽用意された侍従、シェーマンは気の弱い男だった。

 幽霊の噂があると恐怖するシェーマンに、ネーヴェは淡々と言う。


「幽霊などというものは、この世に存在しません。いるとしたら、それは只の魔物です」

「魔物は十分脅威ですよぅ」

「雨風がしのげる壁があるだけ、十分でしょう」

 

 これでまた、氷薔薇姫は心まで氷だと言われるのだろう。

 ネーヴェは幽霊屋敷を自ら掃除することにした。

 生家であるクラヴィーナ家は貧乏だったため、出来ることは自分でするのが普通だった。幼い頃、美貌を活かして夜の街に身売りするか、真剣に考えた事がある。エミリオ王子に一目惚れされたことで、花街の女王になるという夢はついえたが。


「水を汲んできて、シェーマン」

「本気ですかっ、姫様~~っ」

 

 大袈裟に嘆く侍従は、それでも要望どおり水を運んでくれた。

 まず、住む部屋を整えるところから始めよう。

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